「違い」を認めてくれるパリで活躍
フェンダールはパリ在住のTさんが企画・設計し、東京・白金台で感度の高さで定評のあるブランド「アンスナム(ANSNAM)」を主宰する中野さんが生地の提案や製造面での管理を行うブランド。2人の出会いの経緯は、何気に現代的だ。以前中野さんのところにいたインターンの方が、TさんととあるSNSで繋がっていて、その方を通じてだったそう。
Tさんは現在、パリでパタンナーとして大活躍されている。因みにパタンナーとは、デザイナーが描いたデザイン画を元に、実際の服を作るための「型紙」を制作する人のこと。和製英語で正確にはPattern Makerだが、デザイナーと生産現場とを橋渡しし感性をロジカルに翻訳する能力を問われる、ファッションブランドにとって極めて重要な職種だ。
そのTさん、実は日本国内でファッションの教育を受けずに渡仏した、かなりユニークなキャリアパスの持ち主。「地元にいた頃から服が大好きで、周囲から怪訝な目を向けられることが多かった分、その分野に進む意欲が高くなっていったんです。ただ、国内の学校はちょっと肌が合わなさそうだったので、いきなりフランスに(笑)」
語学研修を経て選んだのは、パリにあるパタンナー養成学校。しかしインターンでは敢えてガーリーな服やワンピースなどの企画にも携わった。苦手なことや将来あまり関わらなさそうなことを、このタイミングだからこそトライしなくては!との思いだったそうだ。「『違う視点で検証する』ことの大切さを知れた、今から思うと良い経験でした」
卒業後、フリーランスの立場でレディスの某大手メゾンに職を得たTさんは、同じアトリエにいたメンズのパタンナーから私塾的に教わるのを通じ、自らの腕を磨いて行く事になる。彼は専らクラシック志向な一方で、Tさんはカジュアルが得意。でも互いの「違い」を認めてくれて良い方向に汲んでくれたのが、「同調」に反発して日本から飛び出した身には有難かったそうだ。
既製服でもない、ビスポークでもない新たなチャレンジ
Tさんのパタンナーとしての評判は次第に扱う素材を超えて知られるようになり、著名なレザーウェアメーカーでも活躍するようになる。そんなタイミングでアンスナムの中野さんと出会い、まずは同店のアウターやトップスの企画を共同で開始。その好評を受け、ブランドとしてのフェンダールは20SSからパンツに的を絞ってスタートした。
ただし、独自性を最大限に発揮すべく、従来のブランドとはまずもって「提案」から根本的に変えた。新たなモデルは毎シーズンに1つだけ。しかし、それは廃盤とはならずにずーっと継続する。目下「1タックスラックス」「ノータックスラックス」「セルビッジチノ」「オフィサードレスカーゴ」の4モデルが登場し、今後もシーズンを重ねる毎に選べるモデルが、1つずつ、増えて行く。「一般的なブランドのようなコレクション展開ではなく、半年でたった1作しか作りません。でも、形を残して作り続ける前提だからこそ、トレンドに振り回され過ぎないよう全力で取り組めるのです」Tさんはある種の覚悟を持って、しかし大いに楽しんで設計しているようだ。「世の中に既にあるものでは満足できないので、1型1型の全体像は一見ごく平凡に思うかもですが、パターン面からのチャレンジに取り組んでいます」
ワンタックスラックス(尾州産ウール100%)
フェンダールのパンツの支持が広がる理由は、穿いている本人は開放感に包まれるのに、周囲には洗練さが前に出るからではないか? Tさんのカッティングが秀逸な証拠。
一方で生地は、感度抜群の中野さんが集めた膨大な種類の中から選べ、サイズや股下などに関しても、提案はするが最終的にはお客様の自由。「1モデルの設計に全力を注ぐ分、『こんな人に穿いてもらいたい』とか『こんなふうに穿いてほしい』とかは、逆にありません。人からとやかく言われるのが若い頃から嫌だった分、他人にも強制・強要したくはないので」
フェンダールの服が作製可能な生地の、ほんの一例。直球勝負の英国製や世間では滅多に見れない70年代製のイタリア生地まで、用途や感覚に応じて選びたい。
その結果なのか、たとえ同じモデルであっても一本一本で見え方や印象が、嘘みたいに変化する。筆者(飯野)も同じモデルを生地・サイズ別に更には股下も微妙に変えて数本穿いてみたが、出て来る「像」の違いに思わず目を丸くした。ストレートだったり、少しフレアー気味だったり…でもどれも全く自然で、違和感がない… 「シンプルなおすましや、もの凄く美味しい素食みたいな存在」とTさんはそれを表現してくれたが、基本設計の「幹」がしっかりしているからこそ、服としての許容度・適応度が高いのだろう。
そして穿いていると次第に、何とも表現し難い開放感を覚えずにはいられなくなる! たとえタイト目なサイズだったとしても、ヴィンテージ系の厚くて重い生地を用いていても、だ。デザイナーではなくパタンナーであるTさんの作らしい秀逸な設計と、中野さんの冴えた生地のセレクションとが同時に味わえ、しかも従来の既製服でもビスポークでもない、文字通り無二の立ち位置を存分に味わえる。「ああこんなに、『自由』でいいんだ…」ふと頷いてしまう位の心地良さに、デビューからまだそう経ていないにも関わらず、既に多くのファンを獲得しているのも納得だ。
ノータックスラックス (ヴィンテージウール100%)
こちらは比較的スリムでかつ上から下に自然にストンと落ちるシルエットが心地良い。同じ生地でもサイズの違いや股下の長短で、見た目の印象が相当変化しそうだ!
セルビッジチノ(遠州産コットン100%)
股下を長く設定すると、どことなくブーツカット的なシルエットを描く不思議さがたまらない一本。シンプルだからこそフェンダールの穿き心地の妙味を堪能できる。
オフィサードレスカーゴ(サマーウール100%)
従来の「カーゴパンツ=カジュアル」の概念を綺麗に打ち破ってくれる、美しいカットの一本。タイトさを感じないのでドライブ用のパンツとしても向いているのでは?
ワンタックスラックス(ヴィンテージリネン100%)
リネン素材特有の皺と素朴なハリを堪能できる作品。股下を長くし裾にクッションを入れると、スエットパンツのようなリラックス感がより強調される。
使い手に合わせて最適化できる「くるまっている」服
なおフェンダールではモデル毎に常に、ベルトループ仕様とサイドアジャスター仕様の2バージョンが用意されているのもありがたい。例えば木管楽器を吹く音楽家のような座り仕事メインの方は、ベルトによる腹部の圧迫を受け難い後者を選ぶ傾向が強いそう。これを応用すれば、同じ生地でベルトループ付きは「ジャケパン姿で出勤用」サイドアジャスター付きは「シャツ姿で在宅テレワーク用」のような使い分けも楽しめそうだ。長時間座ると言えば「ドライブの時に穿くパンツ」などにも気軽に最適化できるはず。
好評を受け、今季からジャケットも展開するようになったフェンダール。基本コンセプトはパンツと何ら変わらず、こちらは腕を通すと何と言うのか、まるで印象派の画家が2021年を描いているかのような、ある種の懐かしさと現代的な洗練とが仲良く同居した雰囲気が自然に出てくる。
シンプルな表情が、何故か記憶に焼き付いてしまうフェンダールのジャケット。「着る」ではなく「くるまる」感覚は、一度味わってしまうと後戻りできない!
「『うわっぱり』みたいな表現が最もぴったりする存在だと思いますね。パンツにしてもジャケットにしても穿いている・着ているではなくて『くるまっている』感触を大切にしたいのです」「でも『だらしない』ではないところが肝心で…」Tさんと中野さんから出た言葉があまりに的確で、彼らが作る服に、硬い表現で申し訳ないのだが「肌馴染みの良い説得力」が出るのも当然だと改めて気付かされた。
大事な一線を残しつつ端正ではあっても、それが決して「緊迫」には繋がらない雰囲気を出せる服は今、嗜好に関係なく最も感度の鋭い層が求めている領域。些末なディテールではなく、カットと生地そのものでそこを真正面から、しかし新たなアプローチで目指すフェンダールのパンツやジャケットは多分、その最短距離にいる!
—おわり—
個人受注会のお知らせ
Fendartでは、希望のモデル・サイズ・生地を選んで作れる、個人オーダー会を半年に一度、開催しています。
様々な生地で作られたサンプルを見て、穿く事で、”まだ見ぬ1着を探るオーダーの楽しみ” を感じて頂けます。
次回のオーダー会は2021年9月中旬~10月初旬を予定しています。
モデルや生地によりますが、価格は¥60,500~¥77,000(税込)で、2022年1月頃の納品になります。
その他、詳細については、contact@ansnam.com までお問い合わせください。
ANSNAM
「伝統を推し進めるために更なる開発をし、開発を推し進めるために伝統を尊重する。」
服を製作するにあたり「クオリティーの上に成り立つクリエイション」を心掛けています。
素材、パターン、テーラリング技術、縫製など様々な分野において、ハイクオリティー、そしてユニークな技術を持つ職人たちが携わり、製品を作り上げます。
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Vintage Menswear: A Collection from The Vintage Showroom
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