頭の中にある香りのイメージを的確に伝えるには?
前回の連載に続いて、好みの香水を選ぶ時にもうひとつ、大きな手掛かりとなるのが「香調」です。
よく耳にするフローラル、シトラス、ウッディなども、実は「香調」を表す言葉です。香りの専門用語とも言える「香調」ですが、これを習得すると、香りのイメージを言葉で的確に伝えることができ、好みの香りを探す時にも役立ちます。
第3回は「香調」を表す言葉と、「ピラミッド」によって香りを表現する方法について、お話しします。
香りの時間変化を可視化する方法「ピラミッド」
デパートや専門店の香水売り場を訪れると、三角形の図でその香りを説明しているものを見かけることがありますよね。これが所謂「香りのピラミッド」です。
三角形の形がピラミッドに似ているから世界中でそう呼ばれているのですが、一体何を表している図なのでしょう?
お気に入りの香水がある方はそれを着けてお出かけした時のことを思い出してみてください。付けたてから数時間経つまでの間に、香り立ちが変化していきますよね?
香水の中には様々な香料がバランスよく配合されています。シュッとひと吹きしたとき、その全ての成分が空気中に飛び出しますが、私たちが香りを認識するには、その成分が鼻まで到達しなければなりません。
放出された成分のうち、揮発性が高く空気中に拡散しやすい成分がまず勢いよく鼻に辿り着き、「わぁ~、フレッシュな香り!」などと香りの最初の印象を認識します。そうした成分は往々にして持続性がないものが多いため、しばらく時間が経つともはやその香りはしなくなります。すると、その下に隠れていた揮発性が中程度で持続性もある、香水の中心部分の印象となる香りが顔を出します。さらに時間が経つと、またその下に隠れていた持続性が高い成分たちだけが後残りとなって香り続けるのです。
この様子を模式図的に表現したものが「香りのピラミッド」です。
トップノート、ミドルノート、ベースノート
ピラミッド型の三角形を3つに区切って、香りが時間とともに変化していく様子を模式図的に表したものが「香りのピラミッド」です。揮発性が高い香料はピラミッドの上の方に表現され、空気中を漂って鼻に届きやすいために香りの第一印象を形作ります。この部分を「トップノート」と呼び、続いて、香りの中心となる特徴を表す部分を「ミドルノート」、香りの後残りとなる部分を「ベースノート」と呼びます。
実際にはミドルノート、ベースノートも最初から香っているのですが、香水に含まれる香り成分には揮発性が高いものも低いものもあるため、同じ香りでも時間が経つと、トップノート▷ミドルノート▷ベースノート、の順に印象が変化していくように感じるのです。
使われる香料や構成の仕方にもよりますが、一般的には、トップノートは香水を着けてから30分くらいまでの印象を形作る香り、ミドルノートはその後2~4時間くらいまで、ベースノートはさらにその後の印象を形作る部分を表します。
香りの構成をわかりやすく表現する時に便利な方法ですので、最近ではシャンプーや柔軟剤などの日用品でも香りを訴求している製品では同じ手法を見かけますね。
香りを「香調」で表現する
「香調」とは、文字通り、「香りの調べ」を表現する方法です。連載第1回で香りを音楽に例えてお話ししましたが、ここでも音楽と重ね合わせてお話しすることにいたします。
音楽ではコード進行を組合せて曲が作られたり、ある曲を理解するためにその構成をコード進行に分解していったりしますよね。香りの場合、ある香水を嗅いだ時に感じるニュアンスを、コード進行ならぬ「香調」を表す言葉を使って表現するのです。
音楽は時間経過とともにコードが移り変わっていきますが、香りの場合、同時にいくつもの香調が顔を出すのを捉えるイメージです。
シトラス、フローラル、ウッディ、などは香調を表す言葉です。
例えば、「トップノートはシトラスで、ミドルノートには柔らかいフローラルが顔を出してきて、最後はウッディなベースノートが香るね」などのように使います。
18種類の「香調」を表す言葉
「香調」を表す言葉は他にも複数ありますが、業界で決められた公用語のようなものがあるわけではありません。とは言え、よく用いられる香調が具体的にどんな香りを表現しているのかを識っておくと、好みの香りを探す時にもコミュニケーションに誤解が生じにくくなります。
ここではパリを本拠地とする香りのスクール「サンキエムソンス」で教えている18種類の香調をご紹介いたします。少し多いと感じるかもしれませんが、これらの言葉を使えるようになれば、あらゆる香りを自分の言葉で表現できるようになりますので、どんなものがあるのか一度目を通してみてください。
文字だけで、しかも1行で表現するのは少々無理がありますが、まずは入口として簡単に記載します。
18種類の香調
シトラス:
柑橘類の果皮から抽出した香り。エネルギーのあるフレッシュな香り。
ニューフレッシュネス:
男性用のオードトワレや洗剤などによく使われるフレッシュな香り。
アロマティック:
薬や料理などに使われる新鮮なハーブなどから抽出された香り。
グリーン:
植物の葉や草などから抽出することが多い。緑色のイメージのある香り。
アルデハイディック:
Chanel N⁰5に使われたことで有名な香調。合成香料ならではの香り。
フローラル:
男性用女性用を問わず香水には欠かせない、花の香り。フレッシュなものも濃厚なものもある。
フルーティ:
甘さや酸味のある美味しそうなフルーツの香り。
マリン:
海の香りや透明な水のニュアンスを表現した香り。
スパイシー:
スパイス(香辛料)の香り。温かみのあるもの、冷たくシャープなものなど表現の幅も広い。
ウッディ:
森の中にいるような印象を抱かせる香り。樹木以外の植物からも抽出される。
フゼア:
ラベンダー、ゼラニウムなど、決まった香料の組合せによる香りのタイプ。メンズ香水に用いられる。
パウダリー:
白粉などの化粧品を思わせる粉っぽい香り。高級感があり、ほのかな甘さがある。
オリエンタル:
パチョリやスパイスにアンバリーな甘さを加えた香りのタイプ。女性用男性用問わず用いられる香り。
アンバリー:
樹脂から抽出した香りやバニラなどを組合せた香りのタイプ。
グルマン:
キャンディやケーキ、キャラメルなどの美味しそうな甘いお菓子を思わせる香り。
シプレー:
ベルガモット、パチョリなど、決まった香料の組合せによる香りのタイプ。
レザー:
革のようなニュアンスを表現した香り。タバコの香りにも含まれる。
ムスキー:
柔らかく、丸く、温かみのある香り。現在は合成香料を使用しており、軽さや清潔感も表現できる。現代の香水には必要不可欠な香り。
読者のみなさまにはきっとご存知の言葉もあると思います。他のものは呪文のように聞こえるかもしれませんが、香料の世界ではこうした言葉を使いながら香りのニュアンスを表現し、コミュニケーションを取りながら、香水を創っていくのです。
香調をうまく伝えて、好みの香りを探しましょう
店頭で好みの香りを探す時に、香調を表す言葉を組合せて、「私は、シトラス・フルーティ・ムスキーな香りを探しています」とか「この香りだと、スパイシー感が強すぎるので、もう少しアンバリーなものはないですか」などとイメージを伝えることができ、コミュニケーションがスムーズになり、求める香りにも辿り着きやすくなるでしょう。
また、それぞれの香調にはよく用いられる香料というのもありますので、例えばイランイランがお好きならフローラルだけでなく、オリエンタルやグルマンの香りなども嗅いでみると、お好きなものが見つかるかもしれません。少し専門的な知識が必要ですので、香水や香りのアドバイスをする側の方にもぜひ学んで頂きたいですね。
「香調」は香りの専門用語ですので、本当は実際に経験しながら覚えていくのが一番です。ご興味のある方は、この春から日本での展開を本格始動したサンキエムソンス ジャポンが香調の全体像を掴んで頂ける講座を開講しています。
18種類の香調(サンキエムソンスでは「香調」のことを、香りの持つ多面的な表情を表すという意味で「ファセット」と呼びます)をマスターして、どんな香りもご自分の印象を言葉で表現できるようになると、ワインの香りの表現などにも活かせたり、香りの楽しみ方がグッと広がりますよ!
ご参考まで、サンキエムソンス ジャポンで香調の概要が学べるプログラムは↓こちらです。
パフューマリーベーシック レッスンB「香水の構成/香調説明の言葉」
次回の開講は8月21日~
詳細はサンキエムソンス ジャポンのWebサイトでご確認ください!
※プログラム内容は6月23日~開講のレッスンBと同様です。
次回は香料の歴史を振り返ってみたいと思います。どうぞお楽しみに。
ーおわりー
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