近代デザインのキーワード:アーツ・アンド・クラフツ運動

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文/藤田芽生
イラスト/ibuki

ココ・シャネルが1926年に発表したリトルブラックドレスが女性の立ち姿を変えたように、デザインが社会に影響を与えることもあればその逆もしかり。1940年代〜1960年代のアメリカでは、軍事技術として発展した積層合板やプラスチック、金属などを用いた家具が生みだされました。

デザインに関するキーワードを政治や素材開発の進歩といった出来事と並べてみると、なぜそのデザインが生まれたのかを知る手がかりとなります。

この連載ではアーツ・アンド・クラフツ運動からポストモダンまでの近代デザインにまつわるキーワードを、当時の社会の状況と合わせてまとめます。

第一回は「アーツ・アンド・クラフツ運動」を紹介します。

MuuseoSquareイメージ

アーツ・アンド・クラフツ運動が生まれた時代背景

William Morris

William Morris

「役に立たないものや、美しいとは思わないものを家に置いてはならない」。アーツ・アンド・クラフツ運動の生みの親、ウィリアム・モリスの名言だ。

この名言はまさにアーツ・アンド・クラフツ運動の哲学そのもの。アーツ・アンド・クラフツ運動とは19世紀後半のビクトリア時代に巻き起こった美術工芸運動のこと。この運動はそれまでの工芸品に対する考え方を変え、その精神は今も尚ものづくりやデザインの分野において引き継がれている。ということを前提に、近代に呼応した概念、“モダンデザイン”を語る際に欠かすことのできない一大ムーブメントについて探ってみよう。

アーツ・アンド・クラフツ運動の生まれた時代は産業革命真っ只中。そう、大量生産と消費社会という新たな価値観の到来により人々の生活が劇的に変わっていった時代。綿織物をはじめ、貴金属製品、ナイフやフォークなどの食器類、バックルやボタンなどの服飾品と、様々な製品が工場で大量生産されたことにより、供給されるものが増えて人々の生活は豊かになっていった。一方で大量の粗悪品も世の中に溢れかえることになる。そんな状況を批判したのがウィリアム・モリスやジョン・ラスキンをはじめとした芸術家たちだった。

アーツ・アンド・クラフツ運動の思想と特徴

「工芸品は、芸術家や職人の手業とデザインであるべきで、機械によって作られるべきものではない。中世から受け継がれる職人技を基礎としたものづくりが必要だ」。これがアーツ・アンド・クラフツ運動の哲学だ。

この哲学をもとに作り出されるプロダクツの特徴をざっくりと説明しよう。1つ目は素材へのこだわりと、その素材をできるだけ自然に使い最大限に活かす試み。2つ目は過剰な装飾を省いたシンプルなデザイン。3つ目は自然からインスピレーションを受けたモチーフの多さ。そして4つ目の特徴は、地域の特有性を全面に出したその土地ならではのものづくりをするという概念だ。

アーツ・アンド・クラフツ運動という美術工芸運動で彼らが目指したのは「民衆の芸術」。つまり、”人々の生活の中にこそ芸術はあるべき”といった思想だった。結論からいうと、この「民衆の芸術」が現実となることはなかった。上質なものを利用して作られた一流のプロダクトは唾を飲むほど美しいが値段はもちろん高額だ。とてもじゃないがアーツ・アンド・クラフツ運動によって生まれたプロダクトは、民衆が手に入れられるものではなかったのだ。

とはいえこの運動は後の美術史に多大な影響を与えたのもまた事実。イギリスで生まれたアーツ・アンド・クラフツ運動はヨーロッパ各地で広がり、フランスではアール・ヌーヴォー、ドイツではユーゲントシュティルへと姿を変え、さらには海を渡り北米にまで広まった。

アーツ・アンド・クラフツ運動は直訳すると「美術と工芸」。芸術と工芸と生活を同じ次元で考えたこの理念は、それまでメインストリームだった歴史的装飾様式を破壊した。19世紀末に始まったこの運動は1910年ごろには終焉を迎える。しかしこのマインドは、その9年後の1919年に生まれるバウハウスへと継承され、そうして今日私たちが出会うモダンデザインの礎となっている。

アーツ・アンド・クラフツ運動に関わった人々

ウィリアム・モリス(William Morris)

Strawberry Thief, furnishing fabric, designed by William Morris, made by Morris & Co., 1883,

Strawberry Thief, furnishing fabric, designed by William Morris, made by Morris & Co., 1883,

アーツ・アンド・クラフツ運動の先導者ウィリアム・モリス。文筆家でありデザイナーでもあった彼のセンスは並外れており、19世紀でもっとも影響力の強かった人物の1人とも言われている。彼が得意としたのは壁紙とファブリックだ。

鳥や草木などをモチーフとした美しく繊細なデザインは当時まさにアーツ・アンド・クラフツ運動を代表するプロダクトと言える。そして用と美を兼ねる安価な壁紙やテキスタイルは「民衆のための芸術」だった。こだわりの素材にその土地ならではの自然を描いたモチーフ。華やかでパッと明るい色彩だが壁紙として使用したときに生活の邪魔になることはない。だからこそモリスによるデザインは、色あせることなく時代を超えた今も世界中で愛され続けているのだろう。

グスタフ スティックリー(Gustav Stickley)

Gift of Marilynn Johnson in memory of Glenn Laporte Johnson

Gift of Marilynn Johnson in memory of Glenn Laporte Johnson

アーツ・アンド・クラフツ運動は海を越えアメリカにも影響を与えた。グスタフ・ スティックリーは、このアメリカンモダンデザインムーブメントに大きく関与している。彼の経営するグスタフスティックリーカンパニーはアーツ・アンド・クラフツ運動に影響された製品の中でも“名品”と称されるものを多く生み出した。例えばこの「キューブの椅子」。オーク材の板で側面と背面を囲った椅子は垂直に並ぶ細い支柱がなんとも美しい。その他の家具も、国産材を多用して木目を活かした着色塗料でディテールを損なわないデザインとして仕上げられている。デザイナーにハーヴェイ・エリスを起用しているというのだからそのクオリティの高さは伺えるはずだ。

アーツ・アンド・クラフツ運動の掲げる「素材に誠実であれ」「クラフツマンシップ」「地域の特有の技術、素材を使う」といった美意識を深く継承したスティックリー。彼の活躍はアーツ・アンド・クラフツ運動をアメリカという新天地で開花させ、そしてクラフツマンシップの思想を後世へと引き継いでいった。

リバティ(Liberty)

A candle holder designed by Archibald Knox

A candle holder designed by Archibald Knox

最高級のデザインと品質を誇るジャンルレスな商品と必ず出会えるイギリスの小売商リバティ。常に時代の先端を読み解きシーンをリードしてきたリバティは、新たなデザイン開拓とともに今もなお健在の歴史ある店だ。ここで語りたいのがアーツ・アンド・クラフツ運動の精神を受け継ぐアーチボルド・ノックスを起用したリバティによる金属製品。

例えば、対象形で明瞭な線、そして植物模文様の装飾があしらわれた置き時計、そしてグリーンカラーが鮮やかで植物の茎を彷彿とするデザインの花瓶など、美しい自然モチーフに匠の技術が込められたプロダクトは、まさにアーツ・アンド・クラフツ運動を感じる名品だ。多くの主要デザイナーや工房と関係を築いたリバティは、工芸的且つ上質な銀器や家具、そしてシルバースタジオの創始者、アーサー・シルバーが手がける孔雀の羽モチーフの華やかなファブリック「ヘラ」で名を馳せた。

初期はクラフツマンシップにのっとってほとんどの製品を手作りで作成していたリバティだったが、だんだんと時代に伴い工場生産へと手を広げていく。機械による生産はアーツ・アンド・クラフツ運動の趣旨とは逸れるものの、より多くの人々に上質な製品を届けることに成功した。

グリーン兄弟(Greene & Greene)

The Gamble House, Photo:Alexander Vertikoff

The Gamble House, Photo:Alexander Vertikoff

The Gamble House, Photo:Alexander Vertikoff

The Gamble House, Photo:Alexander Vertikoff

グリーン兄弟が手掛けたギャンブルハウスはアーツ・アンド・クラフツ運動の最高傑作建築の1つ。アメリカのロサンゼルス郊外にあるこの家は、当時ギャンブル家の別荘として建てられた。外装はもとより内装に至るまで、隅々まで行き届いたこだわりのクラフツマンシップには息を飲む。家具などの調度品は全てグリーン兄弟のデザインで、シェードやステンドグラスなどのガラスは自国の誇るティファニースタジオ製。建築に使用されている木材は、もちろんメープルやマホガニー、オークなどを厳選して使用している。

グリーン兄弟のセンスに職人の技、自然との融合を叶えたデザインは、丁寧な技術はもとよりアーツ・アンド・クラフツ運動の美意識や哲学を実現した重要な建築物だ。

—おわり—

インテリアを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍

世界各国に影響をおよぼしたプレモダニズム期最大の工芸デザイン運動、「アーツ・アンド・クラフツ」

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アーツ・アンド・クラフツ運動

「イギリス国内でのデザインの発展にとどまらず、近代西洋世界において運動が国際的に展開していったさまを
丹念に描いており、この分野について学びたいという人には必読の基本文献であるといってよいだろう。
また、アーツ・アンド・クラフツ運動の歴史をこのようなスケールで記述した日本語文献は管見では見当たらない」(「訳者あとがき」より)。

クラフツマンシップをいかに回復するか。
実用品にいかに美的要素を盛り込むか。
ジョン・ラスキン、ウィリアム・モリスの影響下に19世紀末のイギリスに生まれ、アール・ヌーヴォー、ウィーン分離派、ユーゲントシュティールのみならず日本の民芸運動など世界各国に影響をおよぼしたプレモダニズム期最大の工芸デザイン運動、「アーツ・アンド・クラフツ」。
本書はその全史を一望する古典的名著であり、「必読の基本文献」である。図版多数収録

世界各地に展開したアーツ・アンド・クラフツ運動を、発祥の地イギリスと独自の発展を遂げたアメリカの作品約150点により紹介。

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モリスが先導したアーツ・アンド・クラフツ―イギリス・アメリカ

近代デザインの父とも称されるウィリアム・モリスを旗手として世界各地に展開した「アーツ・アンド・クラフツ運動」を、発祥の地イギリスと独自の発展を遂げたアメリカの作品約150点により紹介する。

Series : 近代デザインのキーワード

公開日:2020年7月20日

更新日:2021年10月8日

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藤田芽生

エディター・ライター。現在はベルリンにてフリーランスで活動中。ファッション、ストリートカルチャー、音楽、アートあたりが得意分野。中世ヨーロッパの歴史オタク。虎が好き。

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