「万年筆はインクから入る人もいる」と初めて聞いたときは不思議に思った。万年筆を使うからインクを揃えるというのが一般的な流れだが、今ならわかる。インクの色を楽しみたいから万年筆を使うのだ。
香水のような美しい見た目に、まあまあ手に入れやすい価格、なんといってもメーカーそれぞれのこだわり抜いた個性的なカラー。そしてその魅力の一つには「集める」という楽しみ方がある。集めても集めてもそこにゴールはなく、これぞ巷で言われている「#インク沼」なのだが、ミューゼオではテーマを決めて集めてみることにした。以前ほど気軽に旅行に行けなくなった今だからこそ、日本全国のご当地インクで旅気分を味ってみるのはいかがだろうか?
今回、業界でもファンの多い万年筆画家・サトウヒロシさんにご協力いただき、ご当地インクを使ってその土地の名産品や観光名所などのイラストを描いてもらった。
初回は、大分県別府の「明石文昭堂」。
彼が描く旅の素敵なワンシーンとともに、作り手の想いを載せて巡るご当地インク旅。いざ行ってみましょう!
山から立ち昇る湯けむり。3色で作り出す、別府ならではの夕暮れ時
今回、万年筆画家・サトウヒロシさんに、大分県別府「明石文昭堂」のオリジナルインク「トワイライトボルドー」「トワイライトルージュ」「湯けむりミストブルー」の3色を使い、山際の夕暮れを描いてもらった。山からもくもくと立ち昇る湯けむりは、いったいどのように描いたのか?動画も併せてチェックしてほしい。
写真/サトウヒロシ
「試し書きを重ねていると、トワイライトボルドー、ルージュの2色は明石文昭堂さんのコンセプト通り『夕暮れ』にピッタリだったので、そのまま描きました。そこに別府らしさとして、うっすらと湯けむりを付け加えたのがこの作品です。実際の夕暮れはこんなに雲が重なることはマレだと思いますが、雲の数だけグラデーションが増えて『濃淡が楽しめる回数』も増えるという、描き手の快楽をそのまま絵にするとこうなります(笑)。画面下部の湯けむりは、あらかじめ『マスキングインク』という画材でインクがのらないようにしてから着色しています。
別府の街は湯けむりがいたるところから沸き立っているんですね。『湯けむり展望台』からの眺望、一度はこの目でみてみたい。作画に絡めて別府の街を調べれば調べるほど、遊びにいきたくなりました」
老舗文房具店「明石文昭堂」のご当地インクをサトウヒロシさんのレビューとともにお届け
別府駅東口を出て右に曲がったところにお店を構える「明石文昭堂」。1927年創業以来、地元の方だけでなく全国の筆記用具愛好家から愛され続ける老舗文房具店だ。ここで販売されているオリジナル万年筆インク「トワイライトシリーズ(全5色)」「別府ビューシリーズ(全10色)」は、昭和レトロを感じさせるラベルや使うごとにインクの色が輝いて見えるガラス瓶が特徴的。インテリアの一つとして飾っても素敵だ。
インクの色は、海や山、刻々と変化する空の色……別府の自然が作り出すその時々の色をイメージされたそうで、書く(描く)たびに別府の風景が蘇る。明石文昭堂のサイトには、インクそれぞれにイメージした風景が書かれている。
トワイライトルージュ:「まるでブルゴーニュワインのような、夕焼けの鮮やかな赤」
トワイライトボルドー:「夕暮れの山際がおりなす深いボルドー色」
湯けむりミストブルー:「湯けむり越しに見える美しい山々や空をイメージしたブルー」
サトウヒロシさんのインクレビュー▶︎「トワイライトボルドー」「トワイライトルージュ」
トワイライトシリーズ トワイライトルージュ、トワイライトボルドー[50ml]¥2,000+税/明石文昭堂
◆トワイライトボルドー◆
「『ボルドー』と名付けられているとおり、ボルドー系ワインっぽいどっしりとした発色と、落ち着きのある渋みが印象的です。濃いところは黒々と色がのり濃淡の幅を広げます。わずかにグリーンフラッシュがでる分だけ色彩が単調にならないところも、複数品種のブドウをブレンドしたかのようなニュアンスになり、そのままワインを描きたくなります」
◆トワイライトルージュ◆
「トワイライトボルドーと比較すると明るい赤紫。やっぱりワインっぽい色を彷彿させる色合いで、ボジョレーヌーボーなどの新酒っぽい軽やかで透明感のある色合いが美しく、こちらもやっぱりワインを描きたくなりますね」
サトウヒロシさんのインクレビュー▶︎「湯けむりミストブルー」
別府ビューシリーズ 湯けむりミストブルー[50ml]¥2,000+税/明石文昭堂
◆湯けむりミストブルー◆
「このインクで絵を描くならば、水を多めに含ませて濃淡の『淡』の部分に注目です。ターコイズよりの色合いがやわらかくて温かい、まさに『湯けむり』のニュアンスを楽しめます。
今回使用した3色のうち、とりわけトワイライトボルドーは黒々しいところから浅い色まで色の幅が広いので、単色でも力強い絵が描ける特徴があります。万年筆に入れておいて、水筆と合わせて持ち歩けばどこでもラクガキが楽しめそうですね」
最後に明石文昭堂さんからコメントをいただきました!
「別府は海山空の間に湯けむりが立ち昇る日本でも珍しい土地です。その景色を少しでも伝えられたらと思い、今回サトウヒロシさんにはインクと共に風景写真もお送りしました。
多種多様な文化・人が交わり、訪れる人に合わせて楽しみ方がたくさんある別府。落ち着いたら、ぜひその面白さを味わってほしいです」
明石文昭堂の手作りアルバム。インクの色見本だけでなく、地元の人ならではの別府の見所がぎゅっと詰まっているので、もし来店する機会があればぜひご覧あれ!
写真/サトウヒロシ
明石文昭堂
1927年創業以来、別府のまちで95年を迎える地元の方だけでなく全国の筆記用具愛好家から愛され続ける老舗文房具店。
ここで販売されているオリジナル万年筆インク「トワイライトシリーズ(全5色)」「別府ビューシリーズ(全10色)」は、昭和レトロを感じさせるラベルや使うごとにインクの色が輝いて見えるガラス瓶が特徴的。インテリアの一つとして飾っても素敵だ。
記事公開後にサトウヒロシさんが、再び「トワイライトシリーズ」を使って描いてくれた。
文房具を一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
万年筆画家・絵本作家のサトウヒロシ氏が 「描くことの楽しみ」をテーマに作った万年筆ラクガキの入門書
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「インク沼」という言葉が流行っているほどいま大注目の万年筆インク。
本書は今までになかった初めての「万年筆インク事典」として、基本色の7色(赤・黄・青・緑・紫・茶・黒)のほか、各地方にしか売っていないご当地インクや希少性のあるインクなど、万年筆インクを知り尽くした著者が厳選した約700色のインクを紹介しています。巻頭には基本色の色見本一覧付き。