孤高の技術力を誇る下町の染革工場
東京都墨田区の荒川近くにある、染革工場カナメに向った。カナメには、多くのデザイナーやメーカーが、その技術力や加工の発想力を頼ってやってくるという。予測に反して、工場の周辺は、平日にも関わらず、どことなくうら寂しい印象があった。
「かつて、この周辺には、皮革業者が数多くありましたが、多くの企業が撤退し、現在は、数えるほどになっています」と、カナメ染革工場の専務、佐久間勇さんは話す。
最新の流行を取り入れ安価で商品を提供するファストファッションが広まる中で、製造の拠点が海外へと移行し、つぎつぎと皮革業者が撤退していった。
「日本の皮革産業が生き延びるには、技術力を高めるしかない」。
そんな危機意識から、カナメ染革工場の社長、佐久間要さんが提案した企画がある。それは年に2回、浅草で開催される東京レザーフェアの「極めのいち素材」だ。
皮革業者がプライドかけて、渾身の1点を競い合うコンテスト。もちろんカナメは、毎回出品しており、現在の日本の皮革技術を牽引する一社となっている。
東京レザーフェアのカナメ染革工場のブース。
「極めのいち素材」の展示様子。
東京レザーフェアのファッションショーでも、デザイナー創造性を刺激し、カナメの革が採用された。
93回東京レザーフェアの「極めのいち素材」にカナメが出品した「牛 セラシャイン」。
カナメが使用するオリジナルのヌメ革
カナメの技術指導で作られたヌメクラスト。この時点で、用途によって厚みはそろえられている。原皮は、厳選された北米や、産地にこだわった国内のものを使用。
さて、カナメの手がける革の染色の製造工程を、見ていきたい。工場では、大きな2つのドラムが回転し、巨大なアイロンや作業台、原料の革、塗料などがところ狭しと並ぶ。工場の入り口付近には、ヒモで丸くまとめられたヌメクラストが積まれていた。
「ヌメクラストは、染色や加工などの仕上げが行われていないヌメ革のことです。実はこのヌメ革は、カナメが技術指導をし、提携企業でなめしたもの。うちで使用するためだけに作られているオリジナルの革なんです」
今は撤退したが、かつてカナメでは、ピット槽によるタンニンなめしを行っていた。東京の真ん中で、じっくりと時間をかけて作る、タンニンなめしが行われていたということだ。しかし、時代の流れの中で、撤退を余儀なくされた。
ところが近年、志ある提携企業とともに、ドラムによるタンニンなめしを再スタートさせたという。ピット槽によるタンニンなめしのような素材が、ドラムでも作れないか。そんな試行錯誤の末に、現在カナメが使う、こだわりのヌメ革が完成したというわけだ。
革の染色や加工は、料理に似ている
まずは、ヌメクラストをドラムの中にいれて、再なめしを行う。一度、乾燥させて硬くなった革に、ふたたび水分や薬剤をふくませて柔らかくするのだ。その後、柔らかくなった革に、染料を加えてドラムを回し、染色していく。
「革の加工は、料理によく似ています。料理は、下処理や調味、料理人の技などによって味が決まります。同じように、革の表情や質感の良さは、作業の手間や薬品、加工する人の腕によって、決まってくるんです」
最高の食材と、その特徴を知り尽くした一流のシェフによって、美味なる料理が作られるのと同じように、良い革を知り尽くした最高の職人たちによって、極上の革に仕上げられるということだ。
作業工程は、「薬剤や染料を入れてドラムを回す」のみ。しかし、基本の作業は一緒でも、薬剤の配合や回す時間、水をこまめに変える手間など、細かな作業のちがいによって、革の仕上がりや発色、質感に大きな違いが出てくる。
再なめしや染色を調理にたとえるなら、ドラムが鍋にあたる。
革の種類や仕上げによって使い分ける薬品が、料理でいう調味料にあたるだろう。
ドラムで染色を終えた革は、この水しぼり機を使って水気をとりのぞく。
美しさを求め、魂をこめてシワ伸ばし
「染色を終えた後、専用の機械で水気をとったら、「伸ばし」の作業に入ります。カナメでは、ハガネという道具を使い、手作業で革のシワを細部まで丁寧に伸ばしていきます」
職人は、自分の体重をのせるようにして、ハガネの先に力をこめる。力強く、それでいて軽やかに、作業を黙々と続ける。大変な手間のかかる作業ではあるが、決して手をぬくことなく、一枚一枚、精魂込めて仕上げていく。
細分にわたって、気持ちこめて伸ばしていく。
シワを伸ばした革は、クギで木の棒に打ちつけられる。
木の棒を、天井のパイプにひっかけ、革をぶら下げる。
染色が終わった革は自然乾燥で干す
カナメの工場に足を踏み入れたとき、まず目に飛び込んで来る印象的な光景は、天井からぶら下がる革だ。ここで革を自然乾燥させている。敷地に余裕のない、東京ならではの知恵といえるだろう。
「革の種類や季節によっても変わりますが、3日から1週間ほどかけて自然乾燥させていきます」
ここでポイントとなるのは、革をヨコ向きにして干していること。これは牛が生きていたときと同じ向きであり、革にとってもっとも自然な状態だ。この乾燥方法をとりたくても、スペースの問題でできないことが多い。カナメでは工場の高い天井を利用することで、一挙両得の方法をアイデアで実現している。
均一の色合いにするスプレー塗装
ドラムで染色した革は、一枚一枚、微妙に色合いが異なる。革は個体によって染まり具合が違うため、これはある種仕方のないことでもある。 しかし、メーカーからすれば、いざ製品にするときに、革の色が違いすぎてしまうと困る。そこで革を均一な色味に仕上げるための作業が、このスプレー塗装だ。同時に、革表面を保護するための仕上げ剤も染料の中に含まれている。
「この作業でむずかしいのは、すでに染色したものの上から、色を足していくという点です。さらに、乾燥させた後に、サンプルと同じ色味になるように、計算しながら塗装する必要があります」
職人の技術によって仕上がりの精度に大きな違いが出てくる。染色のプロの腕がためされる工程でもある。
熟練の職人が、一枚一枚の革の個性を見抜きながら、均一な色合いに仕上げていく。経験、感性、技術が求められる工程だ。
塗装が終わった革も、数日間、工場の天井からぶら下げて自然乾燥させる。
最後に、昔ながらの機械を使って、アイロンをかける。革の銀面が美しく仕上がり、薬剤が定着する。表面にツヤを出すなど、表情を決める作業でもある。
革に魔法をかけるカナメの作業場
この作業場で、常識にとらわれない、さまざまな実験的な加工が行われてきた。
銀色の革に、英字などの型押しをほどこし、古い地図のような汚れたニュアンスを作り出す。
ここからが、カナメの真骨頂である。革に特別な表情を求める場合、特殊な加工をほどこして、表情やニュアンスをつけていく。
「それこそ、加工の仕方は無数にあります。たとえば、染色、乾燥後の革を、再び濡らして手でしぼる。熱を加えて焦げさせる。薬品を使って、鉄が錆びたような独特の表情を作ることもできます。さまざまな技術を駆使して、加工を行っていきます」
カナメでは、依頼された革を作るだけでなく、日常や自然の中の素材をモチーフにしながら、新しい革を創造し、発信し続けている。ここで、実際にカナメが手がけてきた革の一部を紹介したい。
イタリアの革を思わせる、素材を活かした上品な質感の革。経年変化もじっくり楽しめる。
雨ざらしの石をイメージして加工した革に、ワニの模様を型押し。型押しは専門業者で行う。
染色が終わった革の表面に、さらに別の色をのせて、薬品でひび割れさせた、ダメージ加工。
ヤギの革を使った、とても発色がよく、ツヤのある上品な質感の革。
最先端トレンドは薬品会社がもたらす
薬品会社で分析をした革のデータ。どんな薬剤をつかい、どんな処理をしたかが詳細にわかるレシピのようなもの。
美しさを極めた正当路線の革から、斬新な表情を追求した革まで、実に多岐にわたる革を、カナメが世に送り出してきたことがわかる。
現在、世界中でさまざまな革の加工が行われているが、その最先端のトレンドを、薬品会社を通して知ることができるという。
「薬品会社は、革業界をリードする存在でもあります。今は、科学の進歩にともなって、革を分析することで、どのような薬品で、どのような加工をほどこしたかが、おおよそわかるんです」
世界の革の加工法の今を知ることで、お互いに切磋琢磨しながら、自分たちの技術を高めているという。
世界に向けて、日本の革を発信
現在、墨田区周辺では、カナメを始めとした、二代目を中心にがんばっている皮革業者が協力し合い、日本と世界をターゲットにしたプロジェクトが多数進行中だという。
「どちらかというと、今は情報を隠すよりは、どんどんオープンにしようという動きがあります。そのうえで、お互いの持っている技術を合わせて、より付加価値のある商品を開発していきたいと思っています」
TPPを始めとした、さまざまな波が押し寄せる中、若い力が結びつき、東京の下町から、世界に対抗しうる力をつけようと模索している。皮革業者の連携が、どんなプロジェクトに発展していくのか、今後が実に楽しみだ。
ーおわりー
カナメのショールーム。これまで手がけてきた多彩な革が展示されている。
使うほどに愛着がわくレザーグッズ 『kissora』
革づくりからデザイン、製作まで一貫して日本で行うバッグブランド。さまざまな個性ある革を、アイテムよって使い分け、ときにはより良い革の開発も手がける。良質な革の経年変化(エイジング)を楽しみながら、思い出とともに育てていくのもkissoraの魅力だ。
終わりに
ドラムが鍋、原皮が素材、薬剤が調味料、そして職人がシェフと捉えると、革のことがよりイメージしやすくなった。革を知り尽くした職人が、一切妥協せずに作った革は、見た目の美しさはもちろん、どこか緊張感が宿る。ちょうど、一流のシェフの心のこもった料理のように。