義肢装具士と考える、足と革靴

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文・写真/野口達也

「足に合う革靴とその背景」 シリーズ 1 回目。

人の顔は千差万別で同じ人がいないように、足の形もそれぞれ異なります。しかし、市場に出回っている靴のほとんどはより多くの人の足に合うように設計されています。履きやすい靴、歩きやすい靴を選ぶためにはどんなことを知ればいいのでしょうか。

この連載では、義肢装具士として働く傍ら、靴ブランド「LIGHTBULB.」を主宰する野口達也さんと一緒に「足に適合する靴」を考えていきます。

義肢装具士という仕事

初めまして。今回ご縁があり足や靴について記事を書かせていただくことになりました野口(@zucchinitatsuya)です。よろしくお願いします。

現在僕は、義肢装具士として働いています。といっても義肢装具士をご存じない方も多いと思いますので少し紹介させてください。

義肢装具士とは、医師の処方などを元に義足や義手、コルセットや装具などの採寸採型、適合を行う国家資格を持った医療従事者のことです。

整形靴のサンプル。整形靴とは一般的に各個人の足の形状や症状に合わせて作られた靴だとイメージしていだければ分かりやすいでしょうか。 国や制度により細かい定義は変わりますが、足の型を採り木型から作るもの、既成の木型を修正して作るもの、既成のコンフォートシューズを加工するものなどがあります。「足底板(そくていばん)」(靴の中敷)も足の変形の予防や矯正などに重要な役割を果たす装具です。

整形靴のサンプル。整形靴とは一般的に各個人の足の形状や症状に合わせて作られた靴だとイメージしていだければ分かりやすいでしょうか。 国や制度により細かい定義は変わりますが、足の型を採り木型から作るもの、既成の木型を修正して作るもの、既成のコンフォートシューズを加工するものなどがあります。「足底板(そくていばん)」(靴の中敷)も足の変形の予防や矯正などに重要な役割を果たす装具です。

最近はパラリンピックなどで皆様のお目に触れる機会も増えてきましたが、割とマイナーな職業であり、まだまだご存じの方は少ないでしょう。しかし、職人ですからマイナーでも特に問題はありません。

私の義肢装具士としてのキャリアは10年くらいになります。それ以前は靴の職人仕事をしていました。靴の職人をしていた僕が、なぜ義肢装具士になったのかを自己紹介がてら話そうかと思います。

20歳のころ、靴学校に通い製造方法を学び、また靴修理屋で働きながら色々な職人のところへ足を運び、各パートの仕事を学んでいました。

人並みには器用なお陰でそれなりに楽しみながら仕事をこなしつつ、自身が作った靴を展示会に出品するなど活動をおこなっていました。

靴学校に通っていたころに制作したUチップ。

靴学校に通っていたころに制作したUチップ。

その時の僕にとって一番大きな課題が木型でした。初めのうちは職人から譲って貰った木型や、材料屋で中古の木型を手に入れ靴を作っていましたが、適合やイメージとの違いに段々と満足が出来なくなり、木型を自分で削ってみることにしました。

しかし、当然上手くいきませんでした。木型を設計するときに、どこから手をつければ良いのか全くわからなかったからです。

もちろん簡単ながら授業では足についての授業もありましたし、医学書などを読み足の解剖学なども学びました。しかし、それらをどう木型に落とし込むかがわからなかったんです。

この経験から、木型の形状が靴の履き心地と大きな関係があるらしいということが理解できました。

試行錯誤を繰り返していたある日、「整形靴」というキーワードが頭に浮かびました。調べたところ、ドイツが整形靴の本場らしいことや、日本でその仕事を担っているのは義肢装具士であり、日本でも義肢装具免許を取得後、整形靴に携わっている人がいるらしいということがわかってきました。

靴作りを経て、靴の設計に興味が移ってきていた僕は、「良い靴とは」を考えるために義肢装具士免許を取得することにしました。確か24歳くらいだったと思います。

そうして今は、義肢装具士免許を取得し義肢装具士として働きながら、自分で靴の設計、開発も同時に行っています。

LIGHTBULB.のダービーシューズ。LIGHTBULB.の靴は、生体力学を元に設計を行い足に掛かる負担を軽減出来るインソールを使っています。

LIGHTBULB.のダービーシューズ。LIGHTBULB.の靴は、生体力学を元に設計を行い足に掛かる負担を軽減出来るインソールを使っています。

靴を作る上で欠かせない、木型とは?

さて、ここ最近では靴磨きなどで革靴を楽しむ方々が非常に増え、日常的に革靴を履く方も増えてると思います。それに伴い、足に合う革靴、履き心地が良い革靴を追求する方も増えているように感じます。

靴と木型は深い関わり合いがあります。今回は、靴において木型がどんな役割を担っているか考えていきます。

ところで皆さんは、靴の木型を見たことはありますか?

MuuseoSquareイメージ
MuuseoSquareイメージ

こちらが紳士靴の靴木型です。木型には色々な役割があります。靴作りを行う上で足の代わりとなる型、靴を作るための土台、靴のスタイルや機能性を決める型などです。

作業的には、まず木型上にラインを引きパターンを決めます。その後、革を縫製し木型に釣り込み、底をつけて仕上げを経て靴になります。つまり、木型が靴を作る上でのすべての作業の土台となります。

一般的に革靴のスタイルは、木型のボリュームやトウの形状、革やデザインで決まります。

フォーマルな靴は、ボリュームもトウの形状も細くタイトに設計をします。比較してカジュアルな靴は、丸みを帯びた木型形状となることが多くまたトウも細くすることはあまりありません。

これは、ファッションの観点から合わせる服装に見合った靴の設計をしているためで、年代や国によっても変わります。もちろん一概には言えませんが、基本的に靴のスタイルは、装飾品としてファッションに合わせて決まることが多いようです。

木型の設計で靴の履き心地が変化する

では、木型において靴の機能との関係性は、どのように考えられるのでしょうか?

革靴の使い方を考えると、靴の機能性は立位や歩行時を中心に考えて良いでしょう。木型の設計については、非常に奥が深いのですが、簡単にまとめますと足に適合しているかどうかで良否を判断できます。

つまり立位や歩行時に動きを助けてくれたり、邪魔にならなかったりするかどうかです。

MuuseoSquareイメージ

例えば、足の形状や動きに対して靴が小さ過ぎると圧迫感や不快感の原因となりますし、ぶつかって痛みが出ることもあります。

緩過ぎれば摩擦が大きくなり胼胝(たこ)や発赤(はっせき)という症状があらわれたり、歩行時に靴の中で足が泳ぐことで疲れやすくなったりします。

また、踵(かかと)の高さは歩行に大きな影響を与えます。歩行のためには完全にフラットな状態よりも踵が1、2センチあった方が足運びしやすいと言われています。また、踵の底面は磨耗しやすい箇所なので、少し高さがあると構造的に靴が長持ちしやすく、また修理も簡単になります。

しかし、踵が高過ぎると指先の底面に掛かる床反力が増加したり、前滑りしやすくなるためトラブルが生じやすくまた設計も難しくなってしまいます。

このように木型の設計によって出来上がる靴の履き心地が変化する訳ですが、当然ながら人間の足は一人ひとり違うのはもちろん、左右差や1日の中での変化もあるため、靴の選び方や履き方が大事になります。

いわゆる「良い靴」とは、履いていて気分が上がる靴、履きたくなる靴だと思いますが、本稿では余り目にすることのない木型や足に注目し、普段とはちょっと違う視点を皆様に紹介できればと思います。

ーおわりー

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公開日:2019年1月19日

更新日:2022年5月2日

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野口達也

義肢装具士。株式会社レザードクターにて靴修理職人としてキャリアスタートし、様々なブランドの靴に触れ靴の製法や構造を学ぶ。仕事をするかたわら、自身の靴製作に取り組み、靴木型の設計にも着手する。その後、整形靴を学ぶことを決め、早稲田医療技術専門学校義肢装具学科へ入学。同校卒業、義肢装具士免許取得。2017年には自身の靴ブランド「LIGHTBULB.」をスタートし。個展を開催。木型や足についての勉強会や、生体力学を取り入れたTSC(Total Surface Contact)木型の開発を行い、靴木型のさらなる発展を目指す。

終わりに

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革靴を履く方が、自分の足について知る機会というのはなかなか限られているのではないかと思います。その分、少し理解しづらい内容も含まれてるかも知れませんが、皆さんの靴ライフの楽しみが増える1つのきっかけになれば幸いです。

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