2015年に惜しまれながらこの世を去ったアーティスト金子國義(かねこくによし)の代表作といえば、「不思議の国のアリス」シリーズが知られているが、他にも数々の傑作を生みだしてきた。
それら代表作はどのように生まれたのか。
今回は、デビュー直後から近年に至るまでの代表作やシリーズについて、ご子息の金子修氏に伺った。
「花咲く乙女たち」と舞台への愛着
1965年「花咲く乙女たち」
無表情に並ぶ少女、舞台のカーテンを思わせる装飾。初期の代表作「花咲く乙女たち」は、まるで芝居の一幕のような独特な構図と世界観が醸し出されている。
「多分、舞台美術をやっていた時のシンメトリー(左右が対称的)な書き割りから来ていると思います」
画家として知られる金子國義だが、実は日本大学在籍中は舞台美術家の元で舞台美術を学んでいたという。
「舞台美術家から手伝って欲しいと言われて、始めました。最初は畳の目や草など単調な繰り返しを描くだけでしたが、だんだんコツを得てきたようです。そのうち歌舞伎の稽古とかも連れて行かれるようになって」
1967年「花咲く乙女たち8」
大学卒業後しばらくして油絵を描くようになった金子國義だが、もともと舞台美術や衣装に興味があり、バレエを習ったこともあるという彼にとって、この時の経験は大きかったようだ。
このシリーズからは、油絵を始めて間もないころの作品とは思えないような、金子独特の世界観とタッチを見て取れる。
金子國義と画家バルテュス
金子國義は、フランスの巨匠バルテュスと引き合いに出されることが非常に多い画家だ。実際、金子の初期の作品には、彼の影響が強く出た作品が多く見られる。
「バルテュスの影響は受けていると思います。動いてるんだけど止まっている、という」
1975年「お遊戯」
金子國義がバルテュスをとても好きだったという事は有名な話である。
「金子國義はものすごくバルテュスが好きでした。来日した時にお会いしたそうなんですが、その時に『僕も絵を描いています』って言ったら、『あ、そ。』って言われて、その時から嫌いになっていました(笑)」
マダム・エドワルダのエロティシズム
金子國義といえば、独特のエロティシズム表現が多く見られるのも特徴だ。金子が初期に挿絵を担当した「マダム・エドワルダ」は、ジョルジュ・バタイユの短編小説である。この小説はエロティックな描写と、娼婦エドワルダが発する「私は神なのよ」というセリフが有名な作品である。
金子はただ挿絵を担当したのみならず、金子自身が、原作者のジョルジュ・バタイユに心酔していたという。
1998年「マダム・エドワルダ」
この絵について修さんから興味深い事を伺うことができた。元々、金子國義は完成作品に記す「サイン」に強いこだわりを持っていたという。
「金子國義は『サインの位置で絵が決まる』と言っていました」
金子國義の作品を見ると、位置や大きさにこだわっただけの事があって、確かにそのサインの存在感が目立つものが多い。
しかし、この「マダム・エドワルダ」にはサインがない。
「これはサインが無いまま人手に渡りました。完成はしたのですが、これだけは珍しいです。どうしても欲しいという方がいらして、『サインないですよ』と伝えたら、それでもいいという事でした。」
サインに強いこだわりのあった金子作品の中では非常に珍しい話だが、結局最後までその理由は語られることはなかった。
1964年「夏休み」。最初期の作品だが、すでにしっかりとサインが刻まれており、この作品に至ってはサインが薔薇の絵で飾られている。
金子國義の描く男性像
初期にはほとんど描かれることのなかった男性像だが、80年代になると徐々に増えてゆく。そのきっかけは意外な所にあった。
「あの絵、舘ひろしさんに似てませんか」
そうやって見せてくれた絵に描かれていたのは、直立した美しい男性像だった。
1982年「権威ある者の如く」
「テレビに館ひろしさんが出ていたんです、その衝撃的なダンディーさにインスパイアされた作品です」
描かれるのは、タキシードに宗教画でよく見るようなガウンと帽子を身に着けた男性。男性のモチーフが増えたのもこの頃だが、時を同じくして宗教画からの影響も見られるようになる。
1996年「使者ハ到着セリ」 主に90年代に入ってから、宗教画をモチーフにした作品を多く発表している。
元々、金子は聖学院というキリスト教系の中高一貫校に通っていたという背景もありキリスト教文化に興味があったのだという。
「キリスト教に出てくるキャラクターやストーリー、聖書物語が好きでした。中学校時代に日曜日にお祈りする、『日曜学校』にも、オシャレだからという理由で行っていたようです」
しかし自身はあくまでもテーマに惹かれていただけで、キリスト教へ改宗したいという気持ちはなかったようである。
90年代に入ると、本格的に聖書からのテーマを描き始める。「THE BOOK」はその中でも最も重要な作品の一つと言ってもいいかもしれない。
2007年「THE BOOK」
120号の大作。この絵のタイトルの「THE BOOK」とは聖書の事である。なんと、この作品は描き上げるのに10年以上の歳月を費やした。
「フィリポのポジションの人物に何を持たせるかで、ずいぶんと時間がかかりました。宗教的意味合いが強かったので、表現に迷いがつきまとい、筆の進みが遅くなりました」
結局、金子はフィリポ(右上で手を振りかざしている人物)にはに瓶を持たせている。何故瓶にしたのか。
「反抗のエネルギーを現したかったのです。これは一応完成したことになっているのですが、まだ筆を入れたそうにしていました」
金子國義の代表作秘話
話を伺っていると、金子國義がいかに型にはまらない発想で作品を制作していたのかが良くわかり、大変興味深かった。
多くの作品を生み出してきた金子國義。そのどれもが人々の心を揺さぶる作品ばかりである。しかし、今回紹介できたものも、彼が生涯をかけて生み出した作品のほんの一部に過ぎない。
金子が自由な発想や感性によって生み出した多くの作品たち。次回は、金子國義の自由は発想の源や、生まれた名作、未完の作品まで幅広く紹介していく。
ーおわりー