父の形見文具 万年筆とホッチキス|堤 信子さんが語る、受け継がれていくStationery

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取材・文/倉野路凡
写真/新澤遥

「文房具って小さい頃は自分自身を自由に表現できた数少ないアイテムだったと思うんです。それが大人になるにつれ、時計やバッグなど興味を持つものが変わり段々と疎遠になっていく。大多数の人はそうなると思うのですが、私はいまも変わらず文房具にときめいています」と言うのは、エッセイストでありフリーアナウンサーの堤信子さん。

文房具好きは業界でも有名で、海外のアンティークから職人の技を感じられる逸品までさまざまな文房具を集めているそう。当連載では、そんな堤さんが愛用・所有している貴重な文房具たちを、それぞれに繋がる文具愛ストーリーとともにご紹介していきます。

子どもの頃からずっと文房具が好きなのはお父様の影響があるようで、今回は譲り受けた「父の形見文具」をテーマにお話しいただきました。

あの頃憧れていた万年筆への気持ちは、いまもずっと続いている

——堤さんの文具好きはお父様の影響が強いとお聞きしました。

父は不動産鑑定士だったので、事務所で仕事をしていました。事務所といっても無機質な空間ではなく、むしろ趣のある書斎といった感じ。幼かった私にとっては特別な空間で、壁に設置された本棚にはたくさんの本が並び、父の打つタイプライターの音が常に響いていました。タイプライター以外では万年筆を使っていた記憶があります。

——今回お持ちいただいた万年筆はお父様から受け継がれたものだそうですね。

幼い頃は「まだ早い」といって、使わせてくれなかった憧れの万年筆です(笑)。私が大学に上がる時に父が亡くなり、それ以来受け継いで愛用しています。私も父の年齢を超えて、こうして万年筆愛を語れることができて嬉しいです。もし父が生きていたら万年筆のお話ができただろうなあと思います。代々使えるというのは文具の良さですよね。

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実は父には双子の弟がいて、この万年筆は弟から父への贈り物だったそうです。そういう想いもあって大切に愛用していたのだと思います。ブランドはプラチナ万年筆の「プラチナ・プラチナ」というモデルで、1967(昭和42年)に発売されています。世界で初めてペン先にプラチナを採用した希少な万年筆で、ボディには格子模様が刻まれたシルバーが使われています。

——「プラチナ・プラチナ」はプラチナ万年筆にとっても、とても価値のある一本だったようですね。

そうなんです。2019年にプラチナ万年筆が創業100周年を迎えるにあたり、ブランドを象徴する記念モデルを作ろうという話になったそうです。その時に選ばれたのがこの「プラチナ・プラチナ」で、最新のペン先技術と同社開発の完全機密「スリップシール機構」を新たに搭載し、見事に復刻させたのがセンチュリー「ザ・プライム」という限定記念モデルです。

限定記念モデルは2種類。
・Century“THE PRIME” (センチュリー「ザ・プライム」)。ペン先、ボディともにプラチナ製。ペン先は♯3776センチュリーのペン先フォルムで再現。世界限定100本。

・Century“THE PRIME” (センチュリー「ザ・プライム」)。ペン先は14Kロジウム仕上げ。ボディはシルバー製。世界限定2000本。

——復刻するにあたり苦労した点があったとか。

プラチナ万年筆の方に伺ったところ、「プラチナ・プラチナ」が発売された1967(昭和42年)年当時、シルバーのボディに格子を彫れる職人さんは少なく、昭和40年代以降になると彫りに特化した職人さんがいなくなったそうです。その後も何度か復刻の話はあったそうですが、職人さん不在ということであきらめざるを得なかったとのこと。創業100周年の復刻モデルはまさに挑戦の連続。ボディは強度のあるプラチナ製だったため、何度も何度も機械の刃が折れて、試行錯誤の末にようやく完成したそうです。

——堤さんはどちらか購入されたのですか?

はい、世界限定100本の万年筆を。父が愛用していた万年筆の100周年記念モデルということもあり、清水の舞台から飛び降りました(笑)。それにプラチナ素材のボディということもあって、資産価値もあるかなと(笑)。

機能的な万年筆も好きだけど、やっぱり外見の美しさに心惹かれる

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——他にもたくさんお気に入りの万年筆があると思いますが、堤さんが選ばれる基準、好みを教えてください。

そうですね。MONTBLANC(モンブラン)やPelikan(ペリカン)といった書きやすさにこだわった機能的な万年筆も愛用していますが、やっぱり外見の美しさに心惹かれることが多いです。

——それわかります。モンブランやペリカンは文豪たちに愛されてきた歴史があり、世界中のヘビーユーザーからの信頼も厚いですからね。ただ万年筆はそれだけではないんですよね。

イタリアの万年筆は開放的で、色がとても綺麗ですね。AURORA(アウロラ)、DELTA(デルタ)、OMAS(オマス)、VISCONTI(ビスコンティ)、MONTEGRAPPA(モンテグラッパ)、MARLEN(マーレン)の万年筆は愛用しています。ホディの素材にレジンが使われていることが多く、日本製品では出せないようなブルーやブラウン、オレンジなど、イタリアブランドらしい美しい色で表現していると思います。

イタリアブランド以外ではイギリスのYARD・O・LED(ヤード・オ・レッド)のビクトリアンが好きです。スターリングシルバーに職人による手彫りが繊細で美しいですね。

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——今は便利な筆記具がたくさんありますよね。最近だとスマホにメモすることも多くなり、ますます万年筆を使う機会が減ってきたなと思いますが、堤さんは万年筆を日常使いされていますか?

毎朝勉強しているのですが、万年筆で書いています。万年筆をいっぱい持っているので、使ってあげなきゃという気持ちになるんですよね(笑)。現在大学で教鞭をとっていて、私の講義を受けてくれている学生には、万年筆の手書きでレポートを書かせています(笑)。最初は驚いていましたが、戦時中、平和条約、サミットなど、歴史の節目に万年筆が登場する話をすると、興味を抱いてくれるようになりましたね。学生の何人かは親から万年筆を譲り受けて使っているようです。スピードが求められる今の学生にとって、万年筆は新鮮だったのだと思います。

堤さんがプロデュースした万年筆「récolte (レコルト)」

堤さんがプロデュースした万年筆「récolte (レコルト)」

——万年筆好きの堤さんがプロデュースした万年筆があるようですね。

2016年秋に発売された「récolte (レコルト)」です。私自身初めての挑戦ということもあり、ちゃんと企画書を提出しまして(笑)、全体のプロデュース、万年筆のデザイン、ラベル、パッケージまで担当させていただきました。

——それは凄いですね。もはや万年筆オタクの領域です(笑)。

はい、自覚しております(笑)。内容を説明しますと、三越伊勢丹「百年百貨」プロジェクトと、サントリーの醸造家による夢のビール「~ザ・プレミアム・モルツ~マスターズ・ドリーム」とのコラボレーションです。製作はプラチナ万年筆にお願いしました。

——どのあたりにこだわったのですか?

夢のビールをデザインにどう反映させるかで悩みました。ボディはビールの色をイメージして琥珀色にしました。キャップは濃いめの琥珀色、ボディは淡い琥珀色です。全体的にラメを入れることで美しい泡を表現。クリップの回り止めは数字の「1」を特注デザインで制作してもらいました。クリップとペン先にはビールを象徴する麦の穂とホップが施されています。数字の「1」には初めての挑戦、トップを目指す、一世紀続くモノづくりの意味が込められています。万年筆のベースは「♯3776 センチュリー」です。

——「レコルト」という名前はどのようにつけたのですか?

レコルトは、フランス語で「実り」を意味します。人生の実りを自分のものにしてほしいという願いを込めました。数字の「1」もそうですが、とても縁起のいいものにしたかったのです。300本限定でしたがおかげさまで完売しました。

レトロな雰囲気が気に入っている「MAX・10」は、今も現役で使える

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——今回は万年筆以外にも、お父様の愛用品のホッチキスをお持ちいただいたのですね。

はい、マックスのハンディタイプのホッチキスです。当時は幼かったこともあり、万年筆以外のホッチキスやものさし、ボールペンは使わせてくれたんです。父はこのホッチキスで大切な書類を留めていたのだと思います。ちなみにこの「MAX・10」はJISマークが刻印されているので1967年以降のものだと思います。生産から半世紀経っていますが、今も現役で使えますから、本当に日本製は優れていますよね。

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——万年筆だけでなく、文具も代々受け継がれるものなのですね。今日はありがどうございました。


ーおわりー

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旅鞄いっぱいのパリふたたび

フリーアナウンサーとして活躍する著者は、旅好き、そしてステーショナリー好きとしても知られています。そんな堤さんが、かれこれ20年以上通い続けているパリで、大好きな雑貨屋さんやステーショナリーを写真とエッセイでつづる本。パリに出かけるときは必ず立ち寄るというお気に入りのショップや、ゆっくり手紙を書くのにぴったりなカフェ、掘り出し物が見つかるという古紙市場、パリならではのおしゃれなショッピングバッグなどを紹介。また旅の達人・堤信子ならではの、旅土産の活用法なども伝授。

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堤信子のつつみ紙コレクション

人気テレビ番組でその紙マニアぶりをいかんなく発揮し、一躍話題となった紙収集家の堤信子が40年かけて集めた紙1046点を一挙公開!

包み紙、紙袋、パン袋、紙箱、切手、カード、エンタイア、レターセット、ビューバー、古書、アジェンダ、コースター、地図など、国内や海外の旅先で出合った、デザインが秀逸なもの、色がきれいなもの、触り心地がよいもの、国や時代の生活文化を反映するものなど、ありとあらゆる紙もののコレクションをたっぷりと紹介します。

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公開日:2021年7月27日

更新日:2021年10月20日

Contributor Profile

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倉野路凡

ファッションライター。メンズファッション専門学校を卒業後、シャツブランドの企画、版下・写植屋で地図描き、フリーター、失業を経てフリーランスのファッションライターに。「ホットドッグ・プレス」でデビュー、「モノ・マガジン」でコラム連載デビュー。アンティークのシルバースプーンとシャンデリアのパーツ集め、詩を書くこと、絵を描くことが趣味。

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