多くの人々を魅了する1930年代のスーツを深堀り
——30年代のスーツといえば現代においても根強い人気がありますが、どのような特徴があるのでしょうか?
30年代初期はまだ20年代の名残があり、タイトな胸周りとなだらかにシェイプされたウエストのライン、ノーベントで短い着丈などがジャケットに見られる特徴です。ピークドラペルも現在でいう「セミ・ピークドラペル」に近いですね。中頃、後期に進むにつれて胸まわりにゆとりを作り、ウエストの絞りとの対比で優美さを演出するようになります。肩まわりに関しても、40、50年代ほど厚いものではないですが、肩パッドも入るようになります。
初期のピークドラペル
——20年代に比べてシルエットにメリハリがつき、構築的になったという印象を持ちました。
その通りです。ボタン位置も初期から後期にかけ高くなっていき、ベストのボタン位置やトラウザーズの股上も連動して変化しています。特にトラウザーズはウエストバンドがへそかさらに上にくるほど股上が深くなります。基本的にタックが入り、裾幅は23〜25cm、ダブル幅は4〜4.5cmとたっぷりとしたシルエットです。また、サスペンダー用のボタンは初期頃まではウエストバンドの外側につくのが基本でした。中期以降になると2ピーススーツの登場により変化がおきます。「サスペンダーのボタンが見えない方が見栄えがよい」としてボタンが内側につくようになったり、ベルトの見た目の良さとサスペンダーの機能性を合わせた両方付けの「見せベルト」というディテールが生まれました。
時代を超えてを超えて人々を魅了する1930’s Style
1933〜35年製のスーツ。胸からウエストにかけてのドレープはまだきつくない。
——なぜ30年代のスタイルは80年以上経った今も人々の心を惹きつけるのでしょうか?
30年代のスーツには男らしさと優美さがとても絶妙なバランスで同居しているからだと思います。力強さを全面に押し出した40年代とはまた違った男らしさが時代を超えて評価されているのでしょう。
——ある意味30年代は紳士服の黄金期と呼んでも差し支えなさそうですね。
確かに今とは比べ物にならないくらい多くの仕立て屋があり、スーツがスタンダードな服装として定着した時代です。30年代の映画は後世に大きな影響を与えました。私自身も「バンドワゴン」や「コットンクラブ」などの作品には服飾、エンターテイメント、両方の意味合いで影響を受けました。70年代は30年代の影響を特に強く受けています。歴史は繰り返すと言いますが、紳士服は約40年サイクルでリバイバルが起こっているようですね。30年代と70年代、40年代と80年代のように。
Instagramのフォロワー1.7万人、ヴィンテージ・インフルエンサー阿部さんとは?
——阿部さんはどのようなきっかけで古着に目覚めたのですか?
アメリカン・カルチャーが大好きな父の影響ですね。古着を着るようになったのは18歳の頃からで、現在のように1930〜1950年代の服装に身を包むようになったのは1980年のブルータス2号を古本屋で見つけたのがきっかけです。戦前の日本人の美意識にとても感銘を受けました。また妻やヴィンテージ・スーツを普段着として着る友人たち、そしてテーラーケイドの山本裕平さんとの出会いが大きな後押しになったと思います。SNS上で知り合った、同じテイストを持った世界中の仲間たちから受けた影響も少なくありません。
——私も阿部さんのことを知ったのはInstagramでした。時代考証がしっかりしていて、多大な情熱を感じました。服だけでなく、文化そのものを感受していらっしゃるイメージです。阿部さんはどのようにして当時の服装を勉強されたのですか?
興味を持ち始めた頃は服装も正直なところめちゃくちゃでした。時代考証もしっかりしておらず、違う時代のものを組み合わせていたため不自然な印象でした。そんな折、祖父に「昔はそんな人はいなかった」と気まずそうに言われたことがきっかけで、時代考証を考えるようになりました。当時のカタログや資料、映画、写真などを調べ上げました。SNS上にも貴重な資料がたくさん載っていますね。
阿部さん所蔵、1937年の資料より
——阿部さんの豊富な知識は髪を切ってもらうお客さんにとっても心強いものだと思います。髪型と服装は切っても切れない関係です。8月にオープンされた富士東洋理髪店にはどのようなこだわりが詰まっているのでしょうか?
お店の雰囲気はアールデコ調のクラシックなデザインを、伝統的な日本の理髪店をベースに落とし込んだ内装になっています。年配の方には「懐かしくて粋だね」、若い方からは「クラシックだけど、どこか新しい新鮮な感覚になる」と言って頂けるようなお客様と一緒に年月と共に経年変化を楽しめる理髪店を目指しています。店名は日本から発信するという思いを込めて、日本を代表する存在である富士山から富士、それに東洋を組み合わせて富士東洋理髪店(英名でFuji Oriental Barbershop)としました。
——クラシックな装いを愛する方には堪らない空間ですね。阿部さんの表現したい世界観がしっかりと感じます。
着る喜び、服が教えてくれること
——30年代の服を着ることにどのような喜びを感じますか?
当時の服を着ると構造や生地のハリやコシのせいか、歩いている時や座っている際、私の姿勢が悪いとまるで背広が私に「君!しっかりしなさい!そして姿勢が悪いぞ」と言われているような気がします。90年もの時代を超えて伝わるメッセージに毎回奮い立たせられます。
——確かに、自然と背筋を正されますよね。
他にもビンテージスーツを着る事で現代へタイムスリップして街を眺める感覚を味わえるのも楽しみの1つです。自分なりに良くも悪くも現代の日本に対して色々な気付きがあり、未来の日本に必要なもの、作り直さなければいけないものを予想し情報発信したことが自分のやりたい事へと繋がりました。他にも老舗の旅館やレストランなどに足を運ぶと、お店の方に喜んで頂けることがあり、こちらも嬉しくなります。
——確かに私も古着を着るようになって、質や美意識などについて考えるようになりました。
当時の文化や美意識を風化させることなく後世に伝えていくことが私の目標です。SNSや富士東洋理髪店を通してどんどん発信していきたいと思います。
ーおわりー
終わりに
クールで落ち着いた雰囲気の阿部さんですが、その内に秘めた情熱にはいつも感銘を受けます。お会いするたびに、どこから探してきたのだろうと思うような資料を見せてくださいます。30‘s Styleの奥深さと魅力は尽きることがありません。