近代的な香水創りに欠かせない香料と調香師

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取材・文/小泉祐貴子
写真/新澤遥

香水の発展は、皮手袋のなめし皮のニオイを消すことがきっかけだった?

当連載では、パリを拠点とする本格的な香りのスクール「サンキエムソンス ジャポン」の代表兼講師であり、香水・ルームフレグランスなどの香り製品の開発、コンサルティングを手掛ける香りデザイナーの小泉祐貴子さんが、「本物の香りを見極めるために」をテーマに香り(フレグランス)にまつわるさまざまなことを解説していきます。

今回は、香料産業の誕生秘話と調香師(パフューマー)の仕事について教えていただきました。

Grasse(グラース)、近代的な香料産業の夜明け

コロナの影響でおうちで過ごす時間も増え、ご自宅で香りを活用する方も増えています。デパートやセレクトショップなどでも数多くの香水やルームフレグランスを見かけるようになりましたね。そうした香りは近代的な香料産業の発展により生み出された様々な「香料」を組み合わせることで作られています。

今回は香料の話をする時に必ずと言っても良いほど登場する街、Grasse(グラース)のお話からはじめましょう。

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南フランスのニースから車で1時間ほど内陸に向かった丘陵地帯にある小さな街、グラース。市街には今でも中世の雰囲気を感じる街並みが残されています。グラースは近代的な香料産業発祥の地として有名な街ですが、もともとは皮手袋の製造をしている街でした。1533年、イタリアからフランスのアンリ2世に嫁いできたメディチ家のお姫様カトリーヌ・ド・メディシスが当時の宮廷で使われていた皮手袋のなめし皮のニオイを消したいと、彼女がイタリアから連れてきた従者の1人をグラースに遣わしたのがはじまりと言われています。

香りをつけてなめし皮の独特のニオイを緩和した手袋はその後宮廷で大人気となり、グラースは香料の街としてその地位を築いていきます。

香りを創る「調香師(パフューマー)」

香料の製造が盛んになるにつれ、それを使って優れた香りを作り出す「調香師(パフューマー)」という職業も知られるようになっていきます。18世紀半ばから19世紀にかけて起こった産業革命の波に乗って香料の製造も産業化していき、グラースを拠点とする香水商や香料会社も活躍の場を広げていきました。

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香りの仕事というと「調香師(パフューマー)」が真っ先に浮かぶという方も多いと思います。調香師とは、文字通り、香りの調べを作り出す人。香料を巧みに組み合わせて香水を創り出す職業です。彼らは実に様々な香料を扱い、それぞれの配合を決め、全体としてひとつのハーモニーを奏でる香りを作り出していきます。一人前になるまでには10年かかるとも言われ、現実には人数も限られる厳しい世界ではありますが、職人的な仕事でもあり芸術家的な仕事でもあり、華やかな香水の世界の立役者ともなることから調香師の仕事に憧れを抱く若者たちも後を絶ちません。

香りの仕事に携わる人たちは調香師以外にも多く存在し、それぞれに専門的な面白さがあるのですが、それはまた別の機会を待つことにして、ここでは調香師にスポットライトを当てましょう(香料・香水の仕事に関する全体像などを学べるベーシックな講座にご興味のある方は、サンキエムソンスジャポンのレッスンAをご参照ください)。

調香師はひとつひとつの香料を確かめながら何をどの程度配合するのかを記した処方(フォーミュラとも呼びます)を作ります。扱う香料の数がまだ限られていた頃には、整然と香料が並んだ調香台と呼ばれる机に向かって座り、気になる香料にあれこれと手を伸ばして目の前に取り寄せ、混ぜていきます。その姿はまるで鍵盤がたくさん並んだオルガンの前に座ってあちこちに手を伸ばしながら曲を奏でているようにも見えたことから、古い時代には調香師の机のことを「パフューマーズオルガン」と呼ぶこともありました。

調香師のパレットに並ぶ香料

調香師が使う香料は、古くはパフューマーズオルガンに並べられたり、現代ではデータベースに登録されるなどして、一目瞭然に管理されています。絵描きが絵具をパレットに並べて絵を描くことになぞらえて、調香師が使う香料は調香師のパレットに並ぶ、と表現します。そのパレットに並ぶ香料の種類は、時代とともに変化していきます。

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香料産業の黎明期には自然界に存在する植物や動物から抽出された天然香料が用いられていました。天然香料にはローズ、ジャスミンなどの香りの良い花や、シダーウッド、サンダルウッドなどの樹木、ハーブやスパイスなど様々な素材がありますが、植物の採取や香料の抽出を人の手によって行うものも多く、価格が非常に高いものもあります。

やがて合成化学の技術が発達し、天然香料の中に含まれるひとつの成分だけを化学的に合成することができるようになると、調香師のパレットに並ぶ香りの種類や幅が格段に広がります。合成香料が作られたことにより、調香師たちは飛躍的に創造的な香り創りができるようになり、多くの香水が世に送り出されていきます。

合成香料は香水の世界に革命をもたらしました。1930年に発売されたJEAN PATOU社のJOYは天然香料を贅沢に使用した香水として有名ですが、合成香料も使用することでとても豪華で香り立ちの良いフローラルノートを作り出しています。

新しく作り出されたアルデヒドという合成香料をふんだんに使って世の中に衝撃を与えた香水として有名なのが、1921年にCHANEL社から発売されたN⁰5です。いわゆる「シャネルの五番」ですね。きっと皆さまも名前はご存知ではないでしょうか。フローラルノートにアルデヒドが加わることで軽やかで繊細、上品でモダンな革新的な香りが生み出されました。

名香水と言われるものには、その香りが生み出された時代背景やその時代の人々の価値観が映し出されているのです。

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公開日:2022年5月9日

更新日:2022年6月27日

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小泉祐貴子

株式会社セントスケープ・デザインスタジオ代表取締役、香り風景デザイナー。慶應大学卒業後、㈱資生堂にて人と香りをテーマに研究を行う。大手香料会社フィルメニッヒ社に転職後、香水や日用品の香りの開発・マーケティングを担当。社会文化的トレンドを分析しコンセプトを提案するチームのアジア・パシフィック代表も務める。独立後は香りを付加価値とする空間づくり(オフィスなど)、香り活用のコンサルティング、香水のプロデュース、香りの植栽設計、など、幅広く香りの可能性を展開している。ルームフレグランス「le phare(ルファル)」を開発・制作し販売中。京都芸術大学、東京農業大学にて非常勤講師。学術博士(環境デザイン分野)。

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