愛称板 さんべ 禁煙車/快速 禁煙車 ○広 下関

0

キハ58で使用されていました さんべ 禁煙車/ 快速 禁煙車 になります。
本品は急行 さんべ の末期の時代になります。

急行 さんべ は1961年に関西方面と山陰方面をつなぐ列車とし誕生しました。
列車名になっている さんべ は 沿線の山である 三瓶山 から名付けられました。その後 さんべ の列車名は、1968年に山陰方面と九州方面をつなぐ列車に与えられました。新しい方のさんべは、山陰本線経由、美祢線経由、山口線経由の3つのルートを走る準急列車を統合し、格上げした列車でした。
急行 さんべは、米子駅と熊本駅・小倉駅・博多駅を結ぶ列車があり、夜行列車と昼間を走るタイプがありました。中でも鉄道ファンの中で語り草になっているのが、さんべ3号 。この列車は途中駅で分割し、別々の路線を通り、また途中駅で一緒になったところを、列車を再び併結していました。

下り さんべ3号 は、米子駅を10:00に出発し、山陰本線を走ります。益田駅に13:47に到着すると、山口線経由の車両を分割。この編成は小郡(現・新山口)まで走りました。残りの編成はさらに山陰本線を進み、長門市駅に15:27に到着。ここで美祢線経由を分割し、美祢線経由は長門市駅を15:37発、下関駅に17:19に到着。一方、山陰本線経由の列車は長門市駅15:35発、下関駅17:13に到着。
ここで再び両列車を連結して、下関駅を17:27に発車しあと、熊本駅に20:33着というダイヤでありました。
一度、編成を切り離し、再度、途中駅で一緒になる編成のため「離婚・再婚列車」といわれました。このことから、ミステリー小説の題材によくされていました。
この 分割、再連結 という運用は1985年まで実施されたそうです。急行 さんべ は、運行区間の延長と短縮、運行本数の削減、夜行列車の臨時列車化など、時勢に合わせて運行形態を変化が変化します。そして1997年に定期列車を廃止。1999年に臨時夜行列車であった分も廃止されました。
本愛称板は裏が快速になっていますが、これは、急行 さんべの間合に運行する快速列車で使用されていたためだと思われます。
広島支社 下関車両所常備となります。

Default