どんな道具を選ぶか、それをどう使うか‥‥。ゴルフをはじめとするスポーツでも、このふたつの課題との向き合い方で結果はまったく違ったものになります。それは、靴磨きも同じこと。
今回は、大阪の靴磨き店「THE WAY THINGS GO」のオーナーである石見豪さんをお迎えして、ブラシ、クリーナー、クリーム、ワックス、クロスを選ぶ際の基準と正しい使い方について解説していただきます。
ブラシを使い分けるのには理由がある!
「左から馬毛、山羊毛、豚毛のブラシになります。馬毛ブラシの特徴は、柔らかい毛がよくしなるというところ。この馬の毛質は、シューケアの第一段階であるチリ落としに向いています。ホウキと同じ役割を果たしてくれるブラシですね。
豚毛のブラシは、クリームを浸透させて均一に伸ばすために使います。だから、ある程度の硬さというかコシが必要です。コシのある毛を使わないとクリームが伸びてくれません。馬毛と豚毛は1本1本の毛の太さがしっかりしているので、一般に市販されているブラシ(1000円ほどで購入できるもの)でも毛が抜けにくいようにできています。毛を手植えした最上級品を選ばなくても充分に使えるといっていいでしょう。
ところが、山羊の毛はとても繊細です。一般に市販されているブラシだと、使う度に毛が飛んでいってしまいます。なので、山羊毛のブラシは手植えされた最上級品がオススメといえます。ワックスを塗った後、水をつけてブラッシングして革の表面に輝きを出すためには、この山羊毛の繊細さが必要なのです」
山羊毛の柔らかさは次元が違う!
「先ほど、馬毛ブラシの特徴として〝柔らかい毛がよくしなる〟といいましたが、山羊毛の柔らかさは次元が違います。女性が化粧で使うチーク用のブラシに使われているのも山羊の毛。人間の顔にも使って大丈夫な繊細さ、柔らかさが山羊毛の特徴です」
クリーナーとクリームは成分に注意!
「クリーナーは、どこの靴磨き屋さんでも水性のものを使っているかと思います。でも、水性クリーナーだと古いワックスが革の表面に残ってしまいます。そこに新しいワックスをプラスすると、鏡面磨きの中で硬いところと柔らかいところができて表面に割れが生じやすくなります。それに、古いワックスと新しいワックスが混ざると鏡面の輝きが少しにごります。微々たる差なんですけど、少しくすんでしまうのです。
なので、古いクリーナーをきっちりと落とすことが必要です。そのために自分はワックスと同じ成分(有機溶剤、蝋、油脂)のクリーナーを使っています。ワックスの中に含まれている蝋や油脂がいつまでも表面に残っているのは、革にとっていいことではありません。
女性の化粧でいうとクレンジングと一緒ですね。きっちりと磨いた後のデイリーケアとしてはブラッシングと乾拭き(からぶき)くらいでも大丈夫ですが、1〜2ヶ月に1回はフルケアとして古いワックスをしっかりと落とすようにしてください。ワックスをしっかりと落とすことによって、補色と保湿の役目を果たすクリームもはじめて浸透するようになります。
ほとんどのクリームは顔料によって色づけされています。顔料というのは絵の具のようにドロッとしたものなので、革の表面にしっかりと残ってくれて発色がいいのですが、表面に残るということは浸透していないということでもあります。それを落とさずにどんどん重ねていくと、革が硬化してしまいます。だから、自分は顔料ベースではなくて染料ベースのクリームを使うようにしています」
クリームは顔料ベース or 染料ベース?
「僕がオススメするクリームは、顔料ベースではなくて染料ベースのもの。染料ベースのクリームは革に浸透するので、水彩画のような色づきになります(写真下)。これに対して顔料ベースのクリームは、ベタッとした色づき(写真上)。紙の上に塗ってみると、両者には明らかな違いがあると分かります。
顔料ベースのクリームは、手早く簡単に色を出すという意味においては優れています。ただ、その分、革に負担をかけてしまいますので、定期的なフルケアでしっかりと古いクリームを落としてあげることが必要になります。長期間に渡ってモチモチとした柔らかい革のままで履いていきたいのなら、やはり染料ベースのクリームがいいでしょう」
使いやすいワックスとは?
「革の表面をプロテクトして美しい輝きを出すためのワックスは、クリーナーやクリームのように成分を気にする必要はありません。『これは伸びがよくて使いやすいな』といった使用時の感覚で選んでいただいてかまいません。柔らかさと硬さのバランスですね。季節によっても変動するのですが、およそ1週間から10日くらいの間、ワックスの缶のフタを開けて(余計なチリやゴミが付着しないようにティッシュでフタをして)乾燥させたものが使いやすいと思います」
靴磨きは瞬間芸ではない?
「写真右のように、砕けてしまうまで乾燥させたものは使わないでください。せっかくケアをしたとしても劣化のスピードが早くなってしまいます。最適な柔らかさは、見た目でいうと写真左の感じ。ワックスの量=輝きの持続力といえるのですが、割れない状態というのは柔らかいワックスでしか作れません。
同じような鏡面に見えても写真左のワックスで磨くと輝きに丸みがあり、右のワックスで磨くとギラつきが強くなります。乾燥したワックスは瞬間的な輝きを得るにはいいのですが、〝くすみ〟や〝割れ〟が早々に起きてしまうことも多いため、ケアをやり直すペースも早くなりますよね。写真左の状態なら少しの量でよく伸びてくれるし、ワックスが劣化するスピードも遅いので、より長期間に渡って輝いてくれます。
靴磨きは瞬間芸ではありません。長期的に見て行なうものです」
ワックスを塗る時の極意とは?
「指に巻いた布を使ってワックス、水、ワックス、水の順番で鏡面磨きをしていくのですが、ワックスを塗る際にはコツがあります。言葉にすると、『重ねるな、こねろ!』ということになります。ワックスを重ねてレイヤーを作るのではなくて、こねるイメージ。
先ほど塗ったワックスとこれから塗るワックスをこねて均一の厚みにするというイメージで磨いていきます。だから、水で伸ばす時には指を寝かせますが、ワックスを塗る時には指先を立てています。布を巻いているので見えていませんが、第一関節だけ曲げています。こうすることによって、美しい鏡面が生まれます」
丸みのある輝きに到達!
「これまでにお話してきたようなポイントに気をつけてクリーナー、クリーム、ワックスを選び、使っていただくことによって、こちらのように丸みのある輝きが生まれ、なおかつその輝きが持続してくれます!」
鏡面磨きと汚れ落としでクロスも使い分けて!
「右がクリーナーによる汚れ落とし用、左がワックスを使った鏡面磨き用。汚れ落とし用は、肌着に使われるような編み地のものです。Tシャツのように伸びてくれて、少し粗い織り目が汚れを絡め取ってくれます。これは使い古したTシャツでも代用できます。
鏡面磨き用は、柔らかさと起毛感が特徴のネル生地です。手に巻きやすいよう薄くて柔らかいものがベスト。使い古したネルシャツでは厚くてうまく手に巻けないので、専門店で購入された方がいいでしょう。一度、洗濯してから使用すると適度に毛羽立ちが抑えられていい具合になります」
ここからは自分史上最高の靴磨きへ!
ここまでご覧いただいた方は、かなりの靴好き、そして靴磨き好きであるのではないかと推察します。なかには、「今まで間違った磨き方をしていた」とお気づきになられた方もいらっしゃるでしょう。今回ご紹介してきたのは、これまでに約3万足もの靴を磨いてきたからプロだからこそ、たどり着くことができた結論の数々です。さぁ、自分史上最高の靴磨きに取り掛かりましょう。
BRITISH MADE
英国クラフトマンシップから生まれたブランドストーリーを、日本や世界のお客様に語り伝えていきたいと考えています。
新しいものが次々と生み出される現在、英国のブランドはクラシックで、少しベーシックに映るかも知れません。しかし、流行に左右されず、定番でどこか懐かしく、作り手の想いや様々なストーリーが溢れています。暮らし続けることで価値の増す家屋、何代にも亘って使われている家具、親から受け継いだコートやアンティークのアクセサリー、リペアを重ねて身体の一部のように馴染んだ靴、自分のキャリアをいつも見つめてきた革手帳・・・。
永い人生をさりげなく、誇りを持って一緒に生きるパートナーとして相応しい“もの”を作りだす英国ブランド。彼らのストーリーテラー(Storyteller) として、作り手の想いを込めてみなさんにご紹介していきます。