昭和33年(1958)年賀切手「犬張り子」カシェカードコレクション

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 昭和33年新年用切手には、戌(イヌ)年にちなんで、東京の郷土玩具のひとつ、戌張り子が描かれている。平安時代以来、上流階級の姫たちの嫁入り道具のひとつに戌筥(いぬばこ)と呼ばれるものがあったが、犬張り子はこれが転化したものといわれる。

 玩具の犬張り子がつくられるようになったのは、江戸中期からで、立ち姿の犬を模した張り子に絵や模様を描いた。東京地方では、男児の誕生後31日に、女児の場合は33日目のお宮参りに犬張り子を贈る風習がある。女児にはでんでん太鼓も添えられる。赤子が犬のように健康に、犬のように正直にそだつようにとの願いが込められており、また犬の音が「去(いぬ)」に通じることから、魔除けの意もあるという。

 昭和33年2月、東京有楽町の日劇で「第1回ウエスタン・カーニバル」が開かれ、平尾昌晃、山下敬二郎、ミッキー・カーチスの3人のスターに少女たちが熱狂した。これをきっかけにロカビリーブームが起こる。ブームといえば、2月からテレビ放送が開始された「月光仮面」が大人気を博した。

 この年のハイライトは、「テニスコートの恋」あるいは「軽井沢のロマンス」と呼ばれた、当時の皇太子明仁親王(現天皇陛下)のご婚約である。昭和32年の夏に、長野県軽井沢のテニスコートで日清製粉社長(当時)正田英三郎氏の長女美智子さんに初めて会われ、好意をもたれた。そして、本年の11月の皇室会議において美智子さんが皇太子妃に決定。この間、皇太子さまは正田家にたびたび電話をされて、直接美智子さんにプロポーズされたという。

 正田美智子さんは、昭和9年10月2日に東京でお生まれにになった。戦争中は群馬、長野の両県などに疎開されていたが、戦後東京に戻られ雙葉小学校を卒業。聖心女子学院中等科、同高等科をへて、昭和28年聖心女子大学文学部にご入学、32年に卒業された。ご婚約決定の記者会見で美智子さんは、皇太子さまの印象を「ご清潔でご誠実な方」と述べられた。そのときの清楚で美しいお姿はたちまち国民を魅了し、また民間から初めての皇太子妃ということもあって、国民の熱狂的な祝福のなかで「ミッチー・ブーム」が巻き起こった。

カシェカード挿絵=藤井厚志

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