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- 57F 近代洋風建築シリーズ 創画初日カバー集
- 旧グラバー邸「近代洋風建築シリーズ初日カバー」
旧グラバー邸「近代洋風建築シリーズ初日カバー」
1983年6月23日発行
日本最古の洋風住宅で、木造平屋建て。文久3年(1863)に竣工したが、当初は今日よりはるかに規模が小さく、港を眺める応接所として建てられたものではないかと考えられる。今日の形になったのは明治10~20年のころであろう。
プッチーニの歌劇「マダム・バタフライ」は、この邸宅で構想されたかと錯覚するほど、ここからの晴れた南国の港長崎の見晴らしはすばらしい。この辺り一帯は今は「グラバー園」となり多くの洋風建築が移されているが。やはり目玉はこれである。
安政5年(1858)の五ヵ国条約にもとづいて翌6年に長崎にも居留地が設けられるようになった。直ちに上海から乗り込んできたイギリス人のトーマス・グラバー(Thomas Blake Glover,1838~1911)が南山手3番地を借地してこの住宅を建てた。工事はすぐ隣りの大浦天守堂を施工した天草の小山秀之助が請け負ったものと思われる。西洋人が東南アジアの植民地に建てたハンガロー型式をとってはいるが、様式も技法も稚拙で、いたるところに日本的な技法が見られるものも、未だよく西洋建築を知らなかった日本人の手になったからである。しかしまたそれだけに開国の昔を語る貴重な建物でもある。
グラバーは薩摩藩や長州藩に武器や艦船を売り込んだ冒険商人。伊藤博文・井上肇・山尾庸三・五代友厚ら明治維新の指導者で、彼の世話になった者は少なくない。グラバーの婦人ツルは日本女性だが、もちろんお蝶婦人とは関係ない。この住宅は戦前グラバーの息子倉場富三郎から三菱長崎乗船所へ譲られ、昭和32年に同造船所から長崎市へ寄付された。
(重要文化財、長崎市南山手町)
※1983当初の説明です
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Jason1208
2019/09/27絵葉書の旧グラバー邸です。
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