(C872-873)近代美術シリーズ 第9集 初日カバーコレクション

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発行日 1981.2.26

 「雪の発電所」は岡鹿之助(1900~1978)の代表作の一つで、雪の志賀高原を旅行した際に眼にした発電所の景色と、彼の考えていたイメージが一致して生まれたといわれている。

 「飛鳥の春の額田王」は昭和23年(1948)に文化勲章を受けた安田靫彦(1884~1978)の代表作で、万葉の歌人としても名高く、情熱の持主であった額田王を前景にし、背景に飛鳥の寺々や大和の山々を描いたものといわれる。

※1981年当初の説明です。

額面・種類 
  50円 2種
図案    
  ①雪の発電所
  ②飛鳥の春の額田王
原画構成者  
  ①②菊池 吉晃
版式・刷印 
  ①グラビア4色 凹版1色
  ②グラビア6色
印面寸法  
  ①よこ48×たて30ミリのよこ型
  ②よこ30×たて48ミリのたて型
シート   
  ①よこ4×たて5=20面構成
  ②よこ5×たて4=20面構成
発行数   
  ①②2,600万枚

#切手
#初日カバー
#FDC
#近代美術シリーズ

■岡鹿之助肖像画カバー
https://muuseo.com/stamp_collection/items/100

■安田靫彦肖像画カバー
https://muuseo.com/stamp_collection/items/109

岡鹿之助≪冬の発電所≫ 「近代美術シリーズ初日カバー」
岡鹿之助 明治31(1898)7月20日劇評家岡鬼太郎の長男として東京に生まれる。明治45年14歳の時、父の知人であった岡田三郎助に師事して素描を学んだ。大正8年東京美術学校西洋画科に入学。同13年卆業後パリに留学、藤田嗣治の指導を受けながらサロン・ドートンなどに出品した。しかしフランス人の絵の中に自分の絵を置いてみて、自分の絵のマチエールのみすぼらしさにあらためて驚き、油絵の顔料やキャンパスについての基礎的な研究をつづけ、堅固で美しい独特のマチエールを習得した。昭和14年帰国、同15年春陽会に会員として招かれたが、戦後春陽会や現代日本美術展などを中心に「遊蝶会」(昭和26年)、「雪の発電所」(昭和31年)、「群落(A)(B)」(昭和37年)などの作品を発表し、造形の秩序と骨格を追求しながら、その上に画家の情感に溢れる豊かな心象世界を築いていく表現は高い評価を与えられ、その周辺に熱烈な愛好者を集めた。昭和47年文化勲章を受章。昭和53年4月28日79歳で歿した。 #切手 #初日カバー #FDC #近代美術シリーズ
https://muuseo.com/stamp_collection/items/100
安田靫彦≪飛鳥の春の額田王≫(1955年) 「近代美術シリーズ初日カバー」
安田靫彦 明治17年(1884)2月16日東京に生まれる。本名新三郎。生家は江戸時代からつづいた「百尺」という料亭を営んでいた。少年時代から病弱で一人で絵を描いていることが多かったが、当時新しい時代に適応する日本画の表現を追求して熱心な活動を展開していた横山大観。菱田春草らの作品に感激して画家に決意を固め、明治31年故堀鞆音の門に入った。日本美術院、巽画会などに出品するとともに、今村紫紅らと研究団体紅児会を結成、早くからその才能を認められていた。大正3年日本美術院の再興に発起人として参加し、経営者同士となった。以後再興院展を中心に「五合庵の春」(大正9年)、「日食」(大正14年)「黄瀬川陣」(昭和16年)、「王将君」(昭和22年)、などの傑作を発表し、東洋の古典に関する豊かな教養と日本の伝統的技法について深い研究から生まれた、澄明で典雅な格調の高い作風は、近代日本画が到達したひとつの完成された様式であるとさえいわれている。昭和23年文化勲章を受章。昭和53年4月29日94歳で歿した。 #近代美術シリーズ #初日カバー #FDC #切手
https://muuseo.com/stamp_collection/items/109

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