岡田三郎助 ≪あやめの衣≫(1927年) 「近代美術シリーズ初日カバー」

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岡田三郎助

 明治2年(1869)1月12日、旧鍋島藩士石尾孝基の4男とすて佐賀に生まれる。明治4年父に伴われて上京、20年岡田正三養嗣子となって岡田姓を名乗る。はじめ曽山幸彦について油絵を勉強したが、明治26年黒田清輝、久米佳一郎の画塾天真道場に入り、印象派風の明るい色彩による表現を学んだ。明治29年黒田、久米、藤島武二らと洋画団体白馬会を創立、また30年フランスに留学してラファエル・コランに師事し、本格的な油絵技術を習得、35年帰国後東京美術学校教授に任ぜられた。主として明治38年までは、白馬会、40年以降は文展、帝展などの官展と光風会を中心に活躍し、「大隅伯夫人像」、「萩」、「ヨネ桃の林」、「志那絹の前」、「夫人半身像」などの優れた作品を発表した、卓越した油彩画の表現技術と洗練された感覚に裏付けられたそれらの作品は、典雅な装飾感に溢れた日本的美を追求したものとして高く評価されている。近代日本洋画壇の重鎮として常に主流を歩き、帝室技芸員、帝国美術院会員に任ぜられるとともに、昭和12年新しく制定された文化勲章の最初の受賞者にも選ばれた。昭和14年(1939)9月23日、70歳で歿した。

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■「夫人像」
https://muuseo.com/stamp_collection/items/165

(C555)1970年 切手趣味週間 岡田三郎助画「夫人像」初日カバーコレクション
昭和45年4月20日発行 図柄は、岡田三郎助画「夫人像」です。  岡田 三郎助(おかだ さぶろうすけ、1869年1月22日(明治2年1月12日) - 1939年(昭和14年)9月23日)は佐賀県に生まれ、明治~昭和にかけて活躍した洋画家である。女性像を得意とし、日本的な感覚の洋画に秀作を残している。夫人像のモデルとなったのは、三越呉服店理事、高橋義雄の妻千代子。当時ファッションリーダーと言われる存在でした。百貨店としての発展を目指していた三越は、西洋の礼服にあたる女性の着物を売り出そうとしていました。千代子が身にまとっている華麗な刺繍や絞りがほどこされた着物は、三越呉服店が元禄模様」と名づけて、大いに流行したデザインです。 #切手 #初日カバー #FDC #切手趣味週間 ■岡田三郎助 肖像画カバー https://muuseo.com/stamp_collection/items/208
https://muuseo.com/stamp_collection/items/165

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