旧札幌農学校演武場「近代洋風建築シリーズ初日カバー」

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1982年1月29日発行

 "チョビンとは俺のことか、とショパン言い"の類で、国の文化財指定ではまことにいかめしい建築名だが"札幌の時計台"で親しまれる北海道名物。北海道開拓と防衛のために明治2年設置された開拓使(明治15年廃止)は、多くの西洋館を建てたが、これはその中でももっともロマンチックな、香り高い建築である。

 明治11(1878)10月に完成した。木造2階建て、切妻造りでトラン葺き、正面中央に時計台を持つ。設計は札幌農業学校教頭で土木工学や数学・英語を教えていた米人のホイラー教授。札幌農学校は開拓使の設けたもので"青年よ大志を抱け"の言葉で有名なクラーク博士をはじめ米人の教師が多かった。今の北海道大学農学部の前身である。当初はこの正式名称のように演武場であり、2回の広い梁間の部屋は教練場・器械体操場、兵器庫として使われて、1階は博物学・農学・英語・数学などの教室として使われていた。厳しい風雪に耐える健全な身心の育成を目指して、このような文部両道の建物が建てられたのであろう。ここに学んだ若者たちの清冽な心情が現代に共鳴して北海道のシンボルとなっているようだ。

 建物の構造はアメリカ西部の開拓時代に考案されたバルーン・フレームという特殊な構造になっている。時計台は、はじめもっと小さいものだったが、アメリカ・ハワード社製の時計器械が到着したら、大きすぎて入らないので改めて現在の規模に造り変えられた、というのも開拓時代らしい。明治14年以来100年の時を刻んでいる。この建物はもと農学校の地にあったが、明治39年に現在地へ曳屋・移築された。

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