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船シリーズ切手集

祖父からもらった切手シート。 日本郵政が販売した、日本の歴史に関わる船に特化した切手シートであり、1975年8月発行〜1976年8月発行の全6シリーズ、合計12枚を集めるとコンプリート。

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    御朱印船

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    天地丸

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    千石船

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    遣唐使船

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    遣明船

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    昌平丸

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    大成丸

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    天洋丸

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    浅間丸

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    畿内丸(きないまる)

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    コンテナ船

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    タンカー

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    御朱印船

    桃山時代から江戸時代初期にかけて、東南アジア貿易に活躍した大型外航船。京都、境、長崎の豪商が朱印状を手に、海外貿易に乗り出したもので、初期の船は、中国式を取り入れた船長30メートル前後のものであったが、後にヨーロッパ船の形式を採用し大型化した。

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    • 登録日:2018/9/7

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    天地丸

    三代将軍、徳川家光が建造した将軍用御座船。構造は軍船造りで、船長44メートル、幅16メートル強、深さ4メートル弱、朱塗りで76丁櫓の華麗な船。
    寛永7年以来幕末まで使われた。

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    • 登録日:2018/9/7

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    千石船

    江戸時代に国内海運の主力として活躍した和式の貨物船で、正しくは「弁財船」といい、俗に千石線と呼ばれた。
    横風、逆風でも使用できる帆足専用線に発達したため、高い経済性を持って近世海運の合理化に貢献し、江戸時代の産業経済の高度成長に果たした役割は大きい。有名な菱垣廻船、樽廻船、北前船などいずれもこの形式に属する。

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    • 登録日:2018/9/7

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    遣唐使船

    飛鳥・奈良・平安時代に遣唐使を乗せて10数回にわたり、東シナ海を横断した中国式の大型航洋船。大使、副使をはじめ医師、陰陽師、留学生等総勢500人余が数隻の船に分乗し、長安に赴いたもので、我が国文化の発展に大きく貢献した。

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      42がいいね!と言っています。

    • 登録日:2018/9/7

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    遣明船

    室町幕府が明に派遣した勘合貿易船で、純日本式の大型商戦。
    当時の貿易は、我が国の将軍が明に遣使をおくり、進貢すると言う形式で行われたもので、天文16年までの約150年間に20回近く渡航している。

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    • 登録日:2018/9/7

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    昌平丸

    幕末期、海防上の必要から薩摩藩主 島津斉彬(しまづ なりあきら)がいち早く建造に着手した3本マストの洋式軍艦で、外国人の力を借りずに、日本人の独力で起工された本格的な洋式帆船として、歴史的な意義を持つ。設計、構造は薩摩藩の技術者が洋書をたよりに行った。
    全長31m、幅7.3m、深さ4.5m安政元年(1845)12月竣工し、その後幕府に献納された。

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    • 登録日:2018/9/7

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    大成丸

    明治36年に東京商船学校(現在の東京商船大学)の航海練習船として建造された4本マストバーク式の大型帆船で、当時その設備が完備していたことは世界無比とされた。
    竣工以来昭和20年触雷沈没するまでの長い航歴の中で長短60余会の航海、延べ60余万海里を航海し、生徒4000人以上を訓育し、我が国海運に貢献した。2238総トン。

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    • 登録日:2018/9/7

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    天洋丸

    日露戦争後の太平洋航路には米英諸国の10,000総トン数の客船が就航するようになったので東洋汽船会社が明治41年に天洋丸を竣工してた。
    画期的な大型客船で液体燃料の使用、無線電信の装備等我が国最初であり、その造船技術の進歩を示す優秀船であった。長い間太平洋航路に竣工したのち、昭和8年に解体された。
    13,454総トン 旅客定員368人。

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    • 登録日:2018/9/7

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    浅間丸

    第一次世界大戦後の北米航路用として日本郵船が建造したもので、昭和3年10月に進水し、当時我が国の最大客船で、大型ディーゼル客船として太平洋航路では最初であった。諸設備は、いずれも当時の最高水準をゆくもので、「大西洋の女王」とたたえられた。
    昭和9年10月に航行中バシー海峡で雷撃により沈没した。
    16,955総トン、旅客定員839人

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    • 登録日:2018/9/7

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    畿内丸(きないまる)

    昭和5年6月にニューヨーク直航線に就航した貨物船で、最大出力18ノット余という高速力であった。ニューヨークまで25日17時間30分で、従来の日数を9日間短縮したため、北大陸横断鉄道によって西海岸各港から積み替えて東武各都市に急送されていた生糸などは、この船をはじめとする大阪商船の快速優秀船に輸送ルートを変更した。
    本船は我が国貨物船に一新紀元を画し、太平洋航路における高速貨物船の先駆となった。
    8,365総トン。

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      48がいいね!と言っています。

    • 登録日:2019/6/24

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    コンテナ船

    世界的規模の商品流通に対応し、昭和42年太平洋航路に米国のコンテナ船が就航し、我が国でも日本郵船が箱根丸を建造して北米西岸航路に就航させたのが最初である。
    この出現により ①荷役時間と公開時間の大幅な短縮 ②荷造費、包装費の節約 ③貨物の破損・汚損の防止などのメリットをもたらした。

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      37がいいね!と言っています。

    • 登録日:2018/9/7

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    タンカー

    我が国の1年間の石油消費量は、その99%が中近東諸国、インドネシアなどから輸入されているが、この大量の石油原油を海上輸送するため、タンカーも大型化し、一度に大量の原油を運ぶことに貢献した。
    昭和30年ごろの3万重量トンは、逐次大型化し同50年には48万重量トンの日精丸が登場した。コンテン船と並んで現代日本海軍の代表船種である。

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      54がいいね!と言っています。

    • 登録日:2019/5/8

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    2017/10/7

    who-me-A

    船の切手いいですね。ロマンティックです。どのデザインも海原を進む姿にひきこまれます。
    私の父親は(既に鬼籍)船乗りになりたかったそうです。ならなかったけどずっとあこがれてたんだろうなあ。

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      2017/10/9

      imoto

      コメント、ありがとうございます。
      海を駆け抜ける帆船って、何だか気持ちがワクワクしますよね!

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