二つ目のため息 エドワード・エルガー/ Sospiri

初版 2023/09/08 14:21

SospiriあるいはSospiro 国によってわずかに発音が違うらしい。
ひとつ目のため息はピアノで奏される。

リストのSospiroはいかにもリストの器用なピアノによって語られた技術的印象であり、リストがあまり好きでないボクはここから情動的なものを拾うことができない。
もっと簡潔な音で単純に表せる内容だと思うけれど、リストはそうはしない。
これは聴衆につかせるため息だと聴いていて思った。
昔のピアニストの技量は現代のピアニストの演奏技術では割りきれない評価があったらしい。
速く弾く。
ミスタッチがあってもいい。
技術が超絶していれば巨匠であった。

リストによって片っ端からパラフレーズされたベートーヴェンの交響曲なんかがいい例です。

ふたつ目のため息は、これは作品がつく長い嘆息。

悲嘆と諦め、それはやはり旋律の楽器でなければ出ない類の表現なのだと感じ入る。
エルガーの弦楽合奏によるSospiri。
ヴァイオリンもいいけれど、さらにチェロだと嫋々とした哀しみを感じる。

ハープもヴァイオリンもいいけれど、さらにチェロだと嫋々とした哀しみを感じる。
ナタリー・クレインのチェロで聴きたかったが、YouTubeにアップロードされているのは作品70ではない。こりゃ、ヴォーン・ウィリアムスの『あげひばり』ですね。作曲家からして違う。コメントできないようになっているのでほっときます。


では、と、ソル・ガベッタ嬢の演奏を捜した。こっちはちゃんと上がっていた

こっちのほうっがいいかもしれない。というわけで、紹介しているのは予定していたナタリーではないですが、こっちの演奏もいいですね。どちらのチェリストもエルガーの協奏曲でよく知っています。

ナタリークレインで聴きたいと思ったのは、確かエルガーを扱ったイギリスのドラマに出演していて、その中で彼のチェロ協奏曲のむせび泣くようなフレーズを弾いていたのを見ていたからです。

美しいチェリストというより、ボクはつい最近まで本業は女優さんだとばかり思っていました。
エルガーは母国イギリスでは何度かドラマ化されています。
彼の作曲活動が様々な女性によって動機づけられていることはよく知られていますが、彼の妻アリスをはじめ様々な女性が彼の作品に投影されています。

この曲も、短いですが長いため息のような旋律の中に悲恋への万感がこもっているようで、終わることがわかっていて元に戻れないのに愛おしく、両手をさしのべたまま空しく時が過ぎて行くような何ともやるせないエレジーです。
誰に対してのため息なのでしょうか。
エルガーは男らしい気質の持ち主ではあったのですが、イギリスの男っていうのは愛に脆いんですよね。

男らしくありたいと思う気持ちと裏腹にこういう余韻嫋々とした作品を書く。
「威風堂々」は雄ライオンのたてがみのようなものなんですね。ホントは狩りをして偉いのは雌ライオンなんですけど、なんでか威張ってるんだよね。

古生物を中心に動物(想像上のもの)を含め、現代動物までを描くイラストレーターです。
露出度が少ない世界なので、自作の展示と趣味として行っている地元中心の石ころの展示を中心に始めようかと思っています。
海と川が身近にある生活なので気分転換の散歩コースには自然が豊富です。その分地震があれば根こそぎ持っていかれそうなので自分の作品だけは残そうかとAdobe stockを利用し、実益も図りつつ、引退後の生活を送っております。
追加ですが、
古いものつながりで、音楽についてもLabを交えてCD音源の部屋をつくっています。娘の聴いてるような音楽にも惹かれるものがありますが、ここではクラッシックから近代。現代音楽に散漫なコレクションを雑多に並べていきながら整理していこうかと思っております。走り出してから考える方なので、整理するのに一苦労です。

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