シュタルケルのコダーイ無伴奏組曲

初版 2023/06/24 16:44

改訂 2023/06/27 21:03

眉毛は太く、目はぎょろりと大きくて、引き締まった小さい頭。
前頭部には髪はない(ボンズではない)。


カザルスの温厚な禿頭ではなく、シュタルケルのそれは堅い意思の塊のような風貌になる。(写真に張り付けたジャケットはおそらく初版であると思う。もちろんそんなレコードはボクの手元にはない。)

若い時の彼のチェロには強烈な印象があった。
ボクにはパリに今も暮らしている叔母がいて、新婚旅行にかこつけて、夫のヤン・フォスの版画を貰いたくて、パリ郊外の叔母夫婦と一人娘がいる家にお邪魔したことがあった。
先の予定を立てていた時、アトリエから旦那のヤンが叔母に声をかけて、彼女がラジオのスイッチを入れた。 (テレビは二人とも見ないのでなかった!)
その時、かなりの音量で耳に飛び込んできたのはバッハを弾くチェリストの強烈な演奏だった。
チェロという楽器の音色にボクはピアノと同じくらい魅せられているけれど、一つの楽器としてものをいう時のチェロは凄く孤独で熱く、ひときわ重い歌を聴かせる。

その叔母がまだ日本にいるとき、田園調布に住んでいた。
これが強烈で伝説的な生活だったけど、彼女は大邸宅ばかり建ち並ぶ郊外に奇跡的に見つけたアパートに一人で暮らしていた。
ボクは受験の時、既に女子大のドイツ語の助教授だった彼女のアパートに転がり込んだ。そこは風呂は無くて、自分の家でどうしても入りたいとき、彼女は金ダライにお湯を入れて使っていた。

ボクがどうしても風呂に入りたいというと、彼女は徒歩40分の銭湯に真冬の道をテクテク歩いて連れて行ってくれた。(まだ東京の地理に暗かったけど、多分田園調布から外に出たのだと思う。)
もちろん帰りは温まった体もすっかり冷え切ってしまった。
大体風呂もないのに田園調布に住むという感覚が普通ではない。
その頃彼女はチェロに凝っていて、かといって楽器を買うだけのお金はなかったらしく、弓だけ自前で持っていて、楽器は先生に借りて練習していた。
彼女は当時から期するところがあったから、ドイツかフランスで暮らすという目的のためにせっせと貯金していたのだと思う。
そして初志貫徹し、フランスに渡り、当時新進気鋭の画家であったヤンと結婚した。
そんな彼女が、当時好きだったチェリストの一人がヤーノシュ・シュタルケルだった。


その時かなりの音量で聴いた演奏はバッハの無伴奏組曲で、彼女によれば何年か前の放送の再放送だと言うことでしたが、弦の鳴りの力強さと、音より先に意思の力が目に見えるような演奏に圧倒された。
ちょうどパリ叔母の家にはリビングの壁に大きな白黒のホルスタインの写真が掛けてあり、友人の写真家からプレゼントされたというその牛の逞しさと写真家のとらえ方の大きさ、大胆さに反比例するような牛の生々しい目の優しさを想起させるものだった。


それから数年経った東京でボクはこの曲を聴いた。
いや、ぶっ飛びました。
『コダーイの無伴奏といえばシュタルケル、シュタルケルといえばコダーイの無伴奏』といわれていたそうだ。
恥ずかしながら当時ボクは、そんなことは知らず、ゾルタン・コダーイについても、全く興味が無く、「ハーリ・ヤノーシュ」を聴きかじっていたくらいだった。
コダーイの渾身の名曲です。
1915年33歳の時の作品。めちゃくちゃな難曲らしい。
チェロのありとあらゆる技巧と5オクターブの音域を使ってなお30分を超える前例のない大曲。
そのため、1923年8月7日第1回ザルツブルク現代音楽祭でケルペイのチェロで初演されて以来、ほとんど演奏されなかったという。
コダーイはバルトークらとともにハンガリーのマジャール民族の民謡を採集し、これをもとに現代的音楽手法との合一をはかっていた。
楽曲は単なる民族的旋律の踏襲ではなく、しかも、トランシルヴァニア地方の独特の楽器の奏法を基本としているために、その音階に従ってG線とC線を半音階下げている。

この演奏はベラ・バルトークの息子ピーターのマニアックな録音によって、モノラル録音とは思えぬ最高のクオリティを獲得している。
モノラルなのに、あなたの耳はこの演奏の立体的な雰囲気の中に減に弾かれた松ヤニが飛ぶ音をはっきりととらえるかもしれない。
これを凌ぐ演奏も、これを凌ぐ録音も、もう出ないのではないかと思う。
円熟したシュタルケル自身の演奏も大きな恰幅とスケールをもっていたが、それでもこれを凌ぐことはできないのではなかったと思う。
全てが集約している演奏。

脱帽。


第1楽章 アレグロ・マエストーソ・マ・アパッショナート(ソナタ形式)
第2楽章 アダージオ(自由な大歌曲形式)
第3楽章 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ=ハンガリー風大ロンド(ソナタ形式)


古生物を中心に動物(想像上のもの)を含め、現代動物までを描くイラストレーターです。
露出度が少ない世界なので、自作の展示と趣味として行っている地元中心の石ころの展示を中心に始めようかと思っています。
海と川が身近にある生活なので気分転換の散歩コースには自然が豊富です。その分地震があれば根こそぎ持っていかれそうなので自分の作品だけは残そうかとAdobe stockを利用し、実益も図りつつ、引退後の生活を送っております。
追加ですが、
古いものつながりで、音楽についてもLabを交えてCD音源の部屋をつくっています。娘の聴いてるような音楽にも惹かれるものがありますが、ここではクラッシックから近代。現代音楽に散漫なコレクションを雑多に並べていきながら整理していこうかと思っております。走り出してから考える方なので、整理するのに一苦労です。

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