音楽家の喧嘩の後始末

初版 2023/08/11 11:51

改訂 2023/08/11 11:51

ブラームス/ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲イ短調OP102

第1楽章 アレグロ

第2楽章 アンダンテ

第3楽章 ヴィヴァーチェ・ノン・トロッポ

ブラームスっていう人はとかく友人間のトラブルを引き起こす人らしい。
引き起こしておいて後で、すごく後悔して何とか仲直りしたいとジタバタする人なんだね。
自分と同じレベルの人間があんまりいないから、寂しかったのかも知れない。
青年ブラームスの写真は額が広くて将来の薄毛が心配されるが、聡明な感じもしてなかなか凛々しい。
さみしんぼには見えないんだけど。
晩年のひげむくじゃらな、パパブラームスはちょっとそんな感じもするね。
このダブルコンチェルトは、もともと第5交響曲として計画されていたものらしく、当時些細なことで絶縁状態になった親友の大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムとの仲を修復するため、協奏曲の形に編成し直したという。

こんなことはいくつかあって、例えば当時の名ピアニストであったクララ・シューマン、彼女はブラームスの音楽の熱心な信奉者であった。夫はかのロベルト・シューマンであり、ブラームスの親友でもあった。

その憧れの(というか不倫していたというのが有力な説いだが)人妻とも夫ロベルトの死後不和になった。その時も彼女にピアノ曲をささげて仲直りをしている。芸術家の心の綾は妙に単純でその周辺の複雑さが省略されているのでよくわからん。)

ま、とにかくそのクララにヨアヒムに対するとりなしを頼み、彼のご機嫌を直してもらい、さらに意見を聴き、さらにチェリストのバウマンのアドバイスの得て推敲を重ね完成されている。
1887年頃には4つの交響曲、2つのピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲が既に世に出ており、オーケストラ作品としては最後の作品となる。
これだけの作品を書くのだから、この人ののモチベーションは凄いね。
独奏部はかなり高度な技巧が求められているけれど、いわゆるヴィルトゥオーソタイプの作品ではない。(ヨアヒムは巨匠であったが、そういうタイプではなかったようだ。)
むしろ、かたくななまでに保守的なシンフォニーのスタイル。

出来上がった作品は、何というか、ヴィオラとチェロの違いこそあれ、モーツアルトの協奏交響曲との何という違いか。
濃密なロマンは一種の窒息感を生みかねない。
緊密で目の詰んだブラームス。
軽やかで悲しくまた軽やかに高く舞い上がるモーツアルトのように一度として高く飛べなかった。
舞い降りた音楽ではなく、こつこつと築き上げた音楽。

ちょっと、かわいそうなブラームス。


仲直りした後、一人で後ろ手に手を組み、日だまりを散歩しながら、人がいないのを確かめて、ちょっとスキップする姿が目に浮かびません?

紹介している演奏は以前は別々だったベートーヴェンのトリプルとカップリングされているブラームスのダブルです。
セル指揮のクリーヴランドOの引き締まったフォーマットにオイストラフとロストロポーヴィチの組み合わせ。
巨匠はどうも…と思っていても、これを聴いて若手の演奏を聴くと少し拍子抜けしますね。年は取ってもヘビーウエイトのボクサーのジャブは重い。

個人的には蒸し暑い夏には不向きな音楽だと思っていますが、……………

古生物を中心に動物(想像上のもの)を含め、現代動物までを描くイラストレーターです。
露出度が少ない世界なので、自作の展示と趣味として行っている地元中心の石ころの展示を中心に始めようかと思っています。
海と川が身近にある生活なので気分転換の散歩コースには自然が豊富です。その分地震があれば根こそぎ持っていかれそうなので自分の作品だけは残そうかとAdobe stockを利用し、実益も図りつつ、引退後の生活を送っております。
追加ですが、
古いものつながりで、音楽についてもLabを交えてCD音源の部屋をつくっています。娘の聴いてるような音楽にも惹かれるものがありますが、ここではクラッシックから近代。現代音楽に散漫なコレクションを雑多に並べていきながら整理していこうかと思っております。走り出してから考える方なので、整理するのに一苦労です。

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