呟きと熱情 チェロ・ソナタ第1番 ブラームス

初版 2024/02/26 20:31


木訥と呟かれるオブリガード
数百年前の乾いた板を共鳴させ、温もりのあるバリトンがうねる。
ロマンティックだけれど、過度な湿り気も粘りもない。


霊感と創造との間に距離があり、作曲にかけた時間が音楽の表面に貼り付いた情念を剥がしていったのか。


ヒロイックな響き

何かのロマンに触発されたのか。
ブラームスには自身の批判的な自作品への省察によって破棄したチェロソナタが2曲もある。
このホ短調作品38にはその2曲の中の2番目の作品の緩徐楽章が用いられる筈だった。
多分第2楽章アレグロ・クワジ・メヌエットの後にアダージオとして。


でも結局ブラームスはそれをせず、ベートーヴェン的な3楽章形式の作品に仕上げた。


それがどんな音楽だったのか聴いてみたい気もするけれど、ブラームスのアダージオはあんまり成功したものがない。
彼の緩徐楽章はピアノ曲以外ではよく歌う。

この第1番のチェロソナタはヒロイックな第1楽章に小さなメヌエットを挟んでバッハに回帰している。


柔美な旋律は入る余地がないような気もする。
その時のブラームスの気分はチェロソナタを一気に書き上げるような気分ではなかったのかもしれない。


ブラームスという作曲家はその時々に残す作品が、その時々の作曲家の心象を想起させるという点でバカがつくほど真っ直ぐである。
既に彼の気持ちは半分以上ドイツ・レクイエムに行っていて、ほんとに力が入っているのは第1楽章だけだ。
第3楽章のフーガは素敵だけれど、主題そのものが既に沢山の物を言っている。
フーガの技法のコントラプンクトゥス13。
でも、自由なフーガを作る才能はベートーヴェンに勝る。
ただ、ベートーヴェンの荒い木彫りの彫像のようなフーガにある物質的な感動を受けることはないが…


第1楽章のチェロに耳を塞いでピアノの音を追ってみる。
楽譜で音を選別するイメージを正確に掴むほどボクの頭は立派な出来ではない。

そのかわり、シナスタジア(共感覚)ではないけれど、集中すれば伴奏のピアノだけを音楽の絡まる重奏の中から浮き上がらせて聴くことができる。

何度も何度も同じ演奏を聴いてると誰でもできるんだけどね。
第1楽章の主題と主題の間に入りチェロを縁取るピアノは、木訥として呟かれるブラームスのバラードのように聞こえる。ていうか、もっと大きな耳で、石の心を持って…つまり聴くんだね。
そんなふうに聴いていると、ボクはデュ=プレのチェロが好きで選んだのだけれど、夫君はそのチェロを引き立てる伴奏役に徹しているのがよくわかる。
協奏的なパッセージに対しても、先を見通してしまったような抑制がある。
そこが不満なのかなあ…
伴奏者としてのバレンボイムは多分デュ=プレのチェロを聴いて欲しいんだろうけど、

それじゃつまらんと思う、このジジイみたいな変な聴き方するやつがいないわけじゃない。

アレグロ・ノン・トロッポ デュ=プレのチェロは夫君と作曲者双方に共感しながらも、次第に自分だけの響きの中に没我し重く澄んだ水面から古い棒杭のように佇んでいる。水底を爪先に感じたところで彼女のパトスは作曲者の敷いたレールに沿いながらも螺旋を描きながら浮上し、低いチェロの音色は底から離れ、震えながら上昇する。


調和は激しさの中で守られ、アレグロ・クワジ・メヌエットの軽いつま弾きの微笑みを迎える。

その後にどんなアダージオが置かれようとしたのだろう。
聴いてみたいような、がっかりしたくないような…
最後のアレグロは自由なフーガ。主題はバッハ。聴けばそれとわかる崩しようのない構成感。
霊感が足りなかったのか、気もそぞろだったのか、それでもこの楽章には魅せられる。

ピアノが導くフーガにチェロが足跡をあわせてゆく。そこからブラームスの自由な閃きが始まる。

ピアノはここではバッハの森の『ミチオシエ=ハンミョウ』のように軽く飛翔しながら振り返ってはまた飛ぶ。

ブラームス/チェロソナタ第1番ホ短調op.38

第1楽章 アレグロ ノン トロッポ
第2楽章 アレグロ クワジ メヌエット
第3楽章 アレグロ

古生物を中心に動物(想像上のもの)を含め、現代動物までを描くイラストレーターです。
露出度が少ない世界なので、自作の展示と趣味として行っている地元中心の石ころの展示を中心に始めようかと思っています。
海と川が身近にある生活なので気分転換の散歩コースには自然が豊富です。その分地震があれば根こそぎ持っていかれそうなので自分の作品だけは残そうかとAdobe stockを利用し、実益も図りつつ、引退後の生活を送っております。
追加ですが、
古いものつながりで、音楽についてもLabを交えてCD音源の部屋をつくっています。娘の聴いてるような音楽にも惹かれるものがありますが、ここではクラッシックから近代。現代音楽に散漫なコレクションを雑多に並べていきながら整理していこうかと思っております。走り出してから考える方なので、整理するのに一苦労です。

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