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ミューゼオとは? よくある質問
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蒸気機関車

蒸気機関車を展示しています。

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    C11

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    C12

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    C55(門鉄デフ)

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    C56 小海線

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    C57 1次形

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    C58

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    C59 戦後形(呉線)

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    C62(東海道形)

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    C62 2

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    C62 3

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    9600

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    D51(初期型)

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    D51 北海道形

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    D52 235

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    C11

    C11は老朽化した種々雑多な支線・区間運転用機関車群の代替用として、C10形の改良増備車として設計・製造された軸配置1C2の小型タンク式蒸気機関車で、昭和7年から製造されました。全国各地に配属され、主にローカル線の列車牽引に使用されました。気動車が普及するにつれて余剰となり始め、昭和35年ごろから少しずつ廃車が始まりましたが、貨物列車用や入換用として蒸気機関車の末期まで活躍しました。

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    • 登録日:2018/9/7

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    C12

    C12は国鉄の本線用国産制式蒸気機関車では最小のタンク式機関車。C56の元となった簡易線向けの軽軸重の蒸気機関車で昭和7年から製造されその小ぶりな姿は機関区のマスコットとして、あるいはローカル線の主役として活躍しました。

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      43がいいね!と言っています。

    • 登録日:2018/9/7

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    C55(門鉄デフ)

    C55は亜幹線旅客列車用中型テンダー式蒸気機関車として昭和10年から62両が製造されました。
    本形式は、より近代化され、より強化されたC57形がすぐに登場し大量生産されたため、その影に隠れ、ともすれば目立ちにくいきらいはありましたが、両者は、互いにほぼ同等に取り扱うことが可能な上、いずれも性能や使い勝手も良好であったことから、四国を除く各地の幹線・亜幹線で長期間にわたり重用されました。
    戦後に九州に配属されたカマの大半は小倉工場製の切り取り形除煙板(門デフ)に交換されて活躍しました。

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    • 登録日:2018/9/8

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    C56 小海線

    1935年(昭和10年)から1939年(昭和14年)までの間に160両が製造された小型軽量テンダー式蒸気機関車です。比較的長距離の本線より著しく低規格な簡易線ではC12形では石炭と水の搭載量が少ないので運用に適さないことから、C12形から水槽と炭庫をはずしテンダー式に設計しなおされたのがC56形で両形式は共通部分の多い系列設計となっています。
    1973年(昭和48年)夏に小海線でC56形が2ヶ月間復活しました(臨時列車「SLのべやま号」、中込駅~小淵沢駅間)。小型軽快で高原地帯を走る姿が小馬(ポニー)を連想させ「高原のポニー」と呼ばれました。これ以降「ポニー」がC56形の愛称になりました。1974年(昭和49年)、三江北線の貨物列車牽引を最後にC56形は定期運用を終了し引退となりました。

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    • 登録日:7 days ago

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    C57 1次形

    1937年(昭和12年)、C55形の63号機として製造が始められましたが改良箇所が多岐に及んだため、検討の末に新形式とすることとしC57形蒸気機関車となり、1947年(昭和22年)までの間に201両が量産され「貴婦人」の愛称で親しまれました。
    この内138号機までは1次型として区別され従台車とテンダー台車がともに一体鋳鋼製となっています。

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    • 登録日:2018/9/8

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    C58

    ローカル線用の客貨兼用過熱式テンダー式蒸気機関車で、8620形の速度と9600形の牽引力を兼ね備えた共通の後継機として設計され、1938年(昭和13年)から1947年(昭和22年)にかけて、700両超が製造されました。主にローカル線や都市部の入れ換えに活躍しました。
    。現在は動態保存機として239号機(SL銀河)と363号機(パレオエクスプレス)が活躍しています。

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    • 登録日:2018/9/8

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    C59 戦後形(呉線)

    東海道・山陽本線の優等列車牽引用機関車C53の後継機として、戦前・戦後の昭和16年(1941)から昭和22年(1947)までに合計173両が製造されたのがC59です。
    デビュー当初から特急の先頭に立ち、C62形が登場するまでの特急の花形でC62形の登場後もお召列車にはC59が充当され、重量運転に適した空転が少ない機関車で現場での信頼も非常に厚いものでした。 運用末期には急行「安芸」の牽引を担当していました。

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    • 登録日:2018/9/8

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    C62(東海道形)

    1948年(昭和23年)から翌1949年(昭和24年)にかけてD52形蒸気機関車の改造名義で49両が製造。その牽引力や重量から輸送量を要求される東海道本線、山陽本線など主要幹線の優等列車牽引に使用され「シロクニ」の愛称で呼ばれていました。
    写真は登場当初の東海道線で運用されていた時のスタイルを模型化したものです。

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      32がいいね!と言っています。

    • 登録日:2018/9/7

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    C62 2

    1948年(昭和23年)5月20日に日立製作所笠戸工場で落成、同年6月14日付で糸崎機関区に新製配置され、除煙板にステンレス製の「つばめマーク」が取り付けられたことから、「スワローエンゼル」の愛称で親しまれました。東海道本線の全線電化によって余剰となり、1956年(昭和31年)1月に北海道へ渡り苗穂工場で軽軸重形への改造工事が施工されて1957年(昭和32年)2月7日付で小樽築港機関区へ転属。函館~小樽間の急行列車牽引などに充当され、重連運転では専ら前部補助機関車の運用に優先的に使用されました。現在は京都鉄道博物館にて動態保存されています。

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    • 登録日:2018/9/8

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    C62 3

    C62 3号機は1948年(昭和23年)6月に落成、糸崎機関区に新製配置されました。1956年(昭和31年)9月には梅小路機関区から苗穂工場へ発送され入場、軸重軽減改造の上で試運転が実施され小樽築港機関区へ転属となり、1973年(昭和48年)10月まで活躍しました。JR化後に一時復活し「SLニセコ」で活躍するも1995年(平成7年)11月に再び廃車となり現在は苗穂工場で静態保存されています。

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    • 登録日:2018/9/8

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    9600

    9600形蒸気機関車は大正2年から製造した、日本で初めての本格的な国産貨物列車牽引用のテンダー式蒸気機関車。「キューロク」、「クンロク」あるいは「山親爺」と愛称され四国を除く日本全国で長く使用されました。国鉄において最後まで稼動した蒸気機関車ともなった長命な形式でした。

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      38がいいね!と言っています。

    • 登録日:2018/9/8

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    D51(初期型)

    D51は昭和11年から製造された貨物列車用テンダー式蒸気機関車で「デゴイチ」の愛称でも有名です。初期に製造された95両は、ボイラー上の砂箱と煙突の間に給水加熱器をレール方向に置き、それらを覆う長いキセ(着せ=覆い)持つことが外観上の特徴で「ナメクジ」とも呼ばれ親しまれました。

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      51がいいね!と言っています。

    • 登録日:2018/9/7

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    D51 北海道形

    蒸機廃止直前の昭和50年(1975)頃に北海道で活躍したD51は密閉式キャブ、切詰めデフ等の特徴がありました。

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      37がいいね!と言っています。

    • 登録日:2018/9/8

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    D52 235

    戦時中の輸送力増強のため主に東海道・山陽本線で1200tの貨物列車を牽引することを目的にして誕生しました。日本の蒸気機関車の中では最高の出力である1660馬力を誇ります。戦後はボイラー載せ替えの他、C62に改造される等しながら引き続き東海道・山陽本線で運用されましたが同線の完全電化が成されたことから函館本線に活躍の場を移し、1972年12月まで活躍しました。235号機は現在、神奈川県相模原市の鹿沼公園で保存されています。

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      28がいいね!と言っています。

    • 登録日:2018/9/8

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