婦女子に愛される猫@昭和初期の愛玩動物飼育手引書

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ペットといえば、今や我が国で最も飼われている頭数が多いのは永年トップだったイヌを追い落としたネコらしい。一般社団法人ペットフード協会が毎年おこなっている調査によると、イヌがじりじり減りつつあり、ネコは反対に少しづつふえてきていて、3年前についに逆転したそうだ。
https://petfood.or.jp/data/chart2019/3.pdf
ということで、前回ウサギについて取り上げた昭和初期のペットの飼い方の本
https://muuseo.com/lab-4-retroimage.jp/items/158
の、ネコのところも眺めてみよう。

今や完全室内飼いが推奨されることもあって、キャットハウスとかトイレとかいろいろ関連グッズがあるが、かつてはせいぜい首に鈴をつけるくらいだったから、図版もウサギのときのように小屋だとかは出てこなくて、かわりに1枚目の道具を使った面白写真とか、2枚目の池の中に魚でもいるのか水面を前肢でちょいちょいやっているところとかが載っている。3枚目は章の冒頭部分だが、「猫は犬と共に家庭愛物の雙璧とも云ふべきもの」とあって、当時もイヌと人気を二分していたことがわかる。イタリアのファシスト党が食糧の無駄遣いとして市民に猫を飼うことを禁じた、という話は初めて識った。まったく、しょーもないヤツだムッソリーニ。

つづいて「猫の魅力」として、「元來ネコは鼠捕りと云ふ転職はありますが、それにしても犬などに較べると利用の範圍の極めて狹いものです。それにも拘はらず、かく愛育されるのは、身體が手頃の大さで可愛いらしく、一種の魅力があるからでありませう。そして主として婦女子の愛撫を受け、その方面に絶大の人氣をもつてゐます。」と解説されていることから、女性に好まれる傾向が強かったことがしれる。5枚目はその実例として、和装の若い女の方に抱きかかえられて落ち着いている黒猫が写真に収まっている。4枚目右の方は垂れ耳の長毛種らしき下の犬も、その背の上に乗っかっている仔猫も外国種らしく見える。1枚目の「猫の學校」「猫のカメラマン」ともども、おそらくは日本国内ではなく、海外で撮影された写真を輸入書から引っ張ってきたのではないかしらん。2枚目のは三毛柄らしいから、4枚目左同様日本猫だろう。

「猫の七不思議」として、高いところからたとえ背を下に落としても必ず前肢から平然と着地すること、遠くに棄ててきてもいつの間にか戻ってきて平然と日向ぼっこなどしていること、水に濡れることを非常に嫌うくせに水中の魚を巧みに獲ってしまうこと、天候の変化を敏感に感じとるので昔は船に乗せられていたこと、三毛柄の雄は航海安全のお守りとして珍重されていたこと、暗闇でも視覚が利き、また暗がりで毛並みを逆なでしてみると火花が散ること、仕込めばかなり芸当ができることが挙げられている。このうち船に乗せられた三毛猫については、欧州大戦中の大正7年(1918年)の実話として、「郵船平野丸」にいたものがイギリスの港に碇泊中、隣の「丹波丸」へいつの間にか乗り換えてしまい、翌日出港してから猫がいないことに乗組員が気付いたその日のうちにドイツ海軍の潜航艇からの魚雷を喰らって沈没してしまった、という「面白い話」が紹介されている。なお貨客船平野丸の撃沈から100年を記念して平成30年(2018年)、当時犠牲者を埋葬したウェールズ南部の土地に慰霊碑が建てられたそうだ。
https://www.nyk.com/news/2018/20181005_01.html

5・6枚目は「種類」のところに添えられている図版で、イヌはもちろんウサギにくらべてもだいぶ少ない。当時最も多く飼われていたのはもちろん短毛の在来種「日本猫」だが、「併〈しか〉し最近は大分〈だいぶ〉歐洲種、中にもペルシヤ種が愛養されるやうになりました。」とある。そのほか、被毛の長いものとして5枚目上の「アンゴラ種」、それから「フランス長毛種」「ロシヤ長毛種」、短いものとして「シヤム種」、それから5枚目下の「エジプト種」が紹介してある。

「毛色」のところで、「日本種は白、黑、茶もしくはその斑〈ぶち〉か白黑茶の三毛に限られてゐますが、その模樣に依つて虎斑〈とらふ〉、雉猫〈きじねこ〉などの名稱があります。虎斑は虎の斑のやうなだんだらの斑があるもの、雉猫は一見雉のやうな毛並のものを云ふのです。外國種にはこのほかに赤茶、鼠、靑などの毛色もあつて、ペルシヤ猫は白、黑、金色、靑色、灰󠄁色及びそれ等〈ら〉の斑があげられます。」と説明してあり、つづいて「こゝで一つ不思議なのは、三毛の雄猫で、日本でも昔から三毛の雄は非常に數が尠〈すくな〉いために珍重されますが、歐米でも矢張りこの三毛の雄は殆んど生れず、優生學的にいろいろ硏󠄀究した學者もありますが、まだはつきりした理由は判らないやうです。卽〈すなは〉ち三毛の雄は科學的にも未だ謎の存在で、猫の七不思議が今一つ殖えた譯〈わけ〉です。」とあるのだが、三毛柄は伴性遺伝によるもの、ということがわかったのは結構最近になってかららしい。ネコの性染色体は人間と同じくXXが雌、XYが雄なのだが、遺伝の仕組みを理解させるために長年ネコの毛色について調査研究を重ねてこられた東京学芸大学附属高等学校教諭の浅羽宏氏によれば、メラニン色素(黒)かフェオメラニン色素(茶/オレンジ/黄)かを発現させるO遺伝子はX染色体に乗っているため、Xをひとつしか持たない雄は三毛にはならない(雄が三毛になり得るのは三倍体XXY)、という理屈のようだ。
http://ci.nii.ac.jp/books/openurl/query?url_ver=z39.88-2004&crx_ver=z39.88-2004&rft_id=info%3Ancid%2FAN00158465
ここに添えてある「變〈かは〉つた虎斑猫」は何種かは書いてないのだが、この太い渦巻き柄は「クラシック・タビー」と呼ばれる欧米に多い模様。今や「国産」をうたうネコ餌の容器にまで登場するほど人気の品種アメリカン・ショートヘアーなどはこの手だ。ネコの野生種と家畜種とを比較した図鑑、澤井聖一+近藤雄生『家のネコと野生のネコ』(エクスナレッジ)
https://cat-press.com/cat-news/book-ieneko-yaseineko
によると、13世紀にイタリアで生じた、という説と、イギリスの雑種の8割がこの柄ということから同国が発祥地なのでは、とする説とがあるそうだ。

なおネコの被毛の色柄表現にかかわる基本的な遺伝子は20種ほどあるそうだが、その仕組みについて浅羽氏のご解説を視覚的によりわかりやすくたのしく理解できるよう工夫した『ねこもよう図鑑』(化学同人)
https://netatopi.jp/article/1201046.html
がすこぶる面白いので、まだの方は是非ご一読いただきたい。

さて、昭和初期のネコの餌についてだが、もちろん当時は既製品のキャットフードなどはなかった。で、この本には「食物の與〈あた〉へ方」としてどのように書いてあるかというと、「普通朝夕の二囘、お飯の少量に牛乳か魚肉の煮たものを少し添へるか、その汁を交ぜてやれば喜んで食べます。非常にその點〈てん〉は樂で、魚の あら(<傍点つき) とか頭とか鰹節〈かつぶし〉の粉をふりかけて與へても喜んで食べます。味噌汁をかけてもお腹の空いた時は食べますが、一般的には菜食は不向で、その他では猫にも依りますがうどんを好んで食べるもの、鹽〈しほ〉せんべいを嚙んで與へると、これ又喜んで食べるものがあります。」とあって、要するに基本的にはいわゆる「ねこまんま」推しだったようだ。今日では、ネコの身体はナトリウムなどの金属を摂り込んでしまうとなかなかうまく排出できず、それが重なると健康を害することから塩気は極力避けることが推奨されているが、かつてはそういう知識はなかったため全く気にされていなかった。最近の飼い猫は栄養状態がよい上に家の外に出さない個体もふえていることから、前掲の「令和元年 全国犬猫飼育実態調査」によれば平均寿命が15.03歳とのこと、そういえば20年を超えたという個体の話もときどき聞こえてくるようになったが、塩分の摂り過ぎに飼い主が注意するようになったのも長生きにプラスに働いているのではないだろうか。なお、「さうした譯で食物は手近のもので間に合ひますが、食べ過ぎるとよく嘔吐することがあり、こんな場合殊更に靑草など食べて吐き出すものです。」とあるのは、毛玉吐きの習性が誤解されているものとおもわれる。7枚目のイギリスの猫病院はどうみても屋外だが、これは日本にはない形態なのではないだろうか。雨が大量に降ったりせず、そのかわり陽射しが少ない時期の長い土地ゆえかもしれない。

「飼育上の注意」として「最も大切な點は、猫の環境を住心地よくすることです。」とあるのは、今でも大いに首肯けるところ。8枚目の親ネコが仔ネコを運んでいる図は、「猫のお産」「仔猫」のところに添えてある。お産は床下などの薄暗い、外敵におそわれる心配のないところでするもの、と説いたあと、「仔猫を見たい許〈ばか〉りに、無暗〈むやみ〉に覗き込んだり、仔猫をいぢつたりしますと、母猫は不安を感じて、仔猫を啣〈くは〉へて他へ移轉することがあります。」と注意しているが、これも大事な点。トイレのしつけについては、「不淨を一定のところでさせる習慣をつけるため、戸外に出られる通路を作ってその度に外へ出すやうにするか、小箱に砂を盛つて、その中で行はせるやうに仕込みます。仕込み方は犬と同樣、繰返し行へば間もなく習慣となります。」と書かれている。箱に砂を入れてトイレにするのは座敷猫、つまりおそらくは(完全ではないかもしれないが)室内飼いの場合だろう。ブラッシングは日に一度はしてやることを奨めている。

ペットとしてのウサギ@昭和初期の愛玩動物飼育手引書
明治の初め、さまざまな西洋の文物とともに舶来種のウサギももたらされ、にわかペットブームが起きたのだが、明治5年(1872年)からそれが本格化し人気の柄のものに高値がついて、投機に入れ込む人が続出し社会が混乱したという。 http://doi.org/10.15083/00031135 あまりのことに明治10年(1877年)対策として高額の課税がなされてブームはしぼんだが、ウサギの毛織物製造の産業課をこころみる動きがそのころからはじまり、明治30年代にかけていくつか会社も立ち上げられたものの、政府がバックアップをしなかったこともあって輸入製品に太刀打ちできず失敗におわったそうだ。大正も末になって、アンゴラウサギを蕃殖してその毛で商売しようという人も現われたが、昭和3年(1928年)あたりから養兎業者が増えてきて、さまざまな種類が飼われるようになったという。 http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10076939&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1 その一方で、利殖のためでなく純粋に生活にうるおいをあたえるためのペット飼育が、庭つきマイホームを手に入れた人々の間で流行るようになってきた。今回取り上げるのはそうした時期に出された、一般向けの総合飼育解説書のウサギのところ。 当時はペットショップなどはないから、ウサギを飼うための巣箱は自作する必要があった。1枚目の上のはビールびんの空きケース(2ダース入り木箱)を加工したもので、放し飼いができるような広い庭がない家庭用のもの、2枚目のはもっと広い敷地に拵える、庭木を取り込んで金網で囲った「兎のお家」。図には描かれていないが、金網の外から飼い犬が土を掘って中に入り込んだり、穴掘りの得意なウサギ自身が脱走したりしないよう、「尠〈すくな〉くも地下一尺位〈くらい〉は金網に限りませんが、兎の逃亡の邪魔になる亞鉛板か貫板〈ぬきいた〉を埋込んで置く必要があります。」と本文には注意書きがある。なお1枚目の下はウサギの持ち方を示している。なお今日では「耳はつかまない方がよい」という考え方に変わっているようだ。 3〜7枚目はウサギの種類についての解説に添えてある輸入種の例の図。「ベルヂアン種」はベルギー原産で野ウサギに似ていて、赤茶色の毛で耳や脚が長い。「フレミツシユ種」は「ベルヂアン」とフランス産の大型種「バタコニアン種」とをかけ合わせた中欧産の、当時最大種のウサギで灰色のが多い。「イングリツシユ種」は脊骨に添った1本の縞と、それから胴のわきと眼のまわり、鼻先、耳に黒斑がある特徴的な見た目。「白色メリケン種」は我が国在来種の白ウサギと外来種(どれなのかは書いてない)とを交配させて作った大きな白ウサギ。「ヒマラヤン種」は「露西亞種」とも呼ばれ支那北部産で、鼻・耳・脚・しっぽが黒くそのほかの部分は真っ白、というもの。「ダツチ種」はオランダ産で黒・灰・黄・白とその斑、と柄はいろいろ、写真のようにびしっと塗り分けになっているのが特徴。「ロツプイヤー種」は「耳が素適(<ママ)に大きい英國兎」で毛色は「ダツチ」に似ているが、虚弱なのが欠点。「チンチラ種」は昭和に入ってからひろまった、毛の特に柔らかい種。「シルバー種」はその名のとおり銀色の毛をもつ英国産の割と大きな品種。終いのもこもこしたヤツが「小亞細亞のアンゴラ地方の原産で、佛蘭西〈ふらんす〉で盛んに飼育され」ていたという「アンゴラ種」。白・黒・茶とそれぞれの斑があり、ご覧のとおり非常に毛が長いのが盗聴だが比較的弱いのが玉に瑕、というように解説している。このほかにフランス産のダッチ種の突然変異「ジヤパニーズ種」、イギリスでダッチ種に在来種を交配して作った斑の色が濃い「タン種」、オランダ原産で光の当たり具合により毛色が変わってみえるという「ハバナ種」、ベルギー産で白いのと青いのとがあるという「ベヘリン種」、イギリスでダッチ・アンゴラ・ローブ種などをかけ合わせて作出した緑色の毛の「インペリヤル種」も、図はないが紹介されてある。 さて、8枚目に掲げたのはこの章の最初の部分なのだが、これをお読みになるとおわかりのように、当時家庭でウサギを飼う目的は現在のように単に日常生活のともとしてかわいがるだけでなく、食肉目的もあった。輸出元の西欧諸国ではもちろん食べていたわけだし、我が国でも、鳥肉の一種という方便で昔から食べられていたから数えるときに「1羽2羽」という、とする説があるように、元から馴染みのある人々もある食材だったから、それは自然な流れといえるだろう。しかし、ここに「食肉の矛盾」として書かれているように、飼っているウサギを絞めて食卓にのせる、ということに抵抗を感じる人々が昭和のはじめには既にかなりの数あったことが知れる。
https://muuseo.com/lab-4-retroimage.jp/items/158

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  • なんて素晴らしい!既にNNNはこんな活動も!

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  • 貴方の手は何時も青い♡さま:そうなんですよ、人類うかうかしていられません☆

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