The Fall “The Rough Trade Singles”

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割と私、デジタル配信ではThe Fallはよく聴いてた方なんですが、いざ、フィジカルとなると、あんまり持ってないんですよね。それで、他のアイテムを買う時に見つけたので、購入してみました(なので、今回、初めて聴いてみます)。これは所謂、セルフ・コンピみたいなもので、The FallがRough Trade自体にリリースしたシングル音源をコンパイルしたものです。ただし、この作品のオリジナルは、5枚の7インチ・シングルから成るボックスセットでした。私の購入したのは、その再発で、シングル5枚分が、このLPにまとめられているものです。それで、先ず、The Fallのバイオグラフィーから紹介していきます。The Fallは1976年に英国マンチェスターのPrestwichで結成されたポストパンク・バンドで、メンバーチェンジが激しく、唯一、創設者でヴォーカルのMark E. Smithだけがコンスタントなメンバーです(ただ、彼も2018年1月24日に60歳の若さで他界しており、それを持ってThe Fallは解散となっています)。それで、先ず、1976年に、Mark E. Smith (Vo), Martin Bramah (G), Una Baines (プリキ缶, Kbd), Tony Friel (B)の4人は、各自が書いたものやドラッグをやる為に集まっていたことが、そもそもの始まりです。彼らの好きな音楽は、Can, Velvet Underground, Captain Beefheart, Stoogesなんかで、一方、Smithは、H.P. Lovecraft, Raymond Chandler, Malcolm Lowry等の作家もお気に入りでした。そんな中で、同年7月に、Sex Pistolsのマンチェスターでの2度目のギグを観て、ショックを受け、彼等はバンドを始めた訳です。最初はThe Outsidersと名乗っていましたが、Frielが持っていたカミューの小説から取ってThe Fall と改名しました。この時、Bainesはドラムを買うお金が無かったので、ビスケットの缶を叩いてました(後にKbdにスウィッチします)。音は酷くて、繰り返しだけでしたが、この「繰り返し」が、後々The Fallの特徴になります。1977年5月23日に最初のギグを行いますが、この時のドラムはSteve Ormrodでしたが、1回だけやって、政治的な考えの違いの為、直ぐに辞めています。そして、Nuclear Angelに居たKarl Burnsがドラムで加入。そんなThe Fallに注目したのが、BuzzcocksのマネジャーRichard Boonで、1977年11月に彼等に録音させて、The FallのデビューEP”Bingo-Master's Break-Out!”を、彼自身のレーベルNew Hormonesからリリースしようとしていましたが、結局、出せずに、マスターテープをバンドに返しています。1978年6月に、Virgin Recordsが、マンチェスターでのライブ・コンピ”Short Circuit: Live at the Electric Circus”をリリースしますが、そこで初めてThe Fallは2曲参加しています。1977-1978年に、メンバーチェンジが起こります。先ず、Bainesの友達のKay Carrollが新マネジャー兼バックVoとなりますが、Frielは彼女のやり方が合わず、1977年12月に脱退。とりあえず、Jonnie Brownが、その後に、交代にEric McGannに加入します。1978年2月13日に、Granada TV番組What’s OnにThe Fallは出演し、Smith (Vo), Bramah (G), Burns (Drs), Baines (Kbd), McGann (B)のメンツで演奏しています。しかしながら、1978年3月には、ドラッグによる神経障害で、Bainesが脱退。代わりにYvonne Pawlett (Kbd)が加入。また、McGannが、ヴァンのドライバーのSteve Davisがハワイアンシャツを着ていたことが気に食わないと言う理由で、やはり脱退。その時、Martin BramahもSmithのリーダーシップとその彼女がマネジャーをやっていることを問題視しています。それで、当時まだ16歳だったローディのMarc Rileyにベースを担当させます。それで、何とか持ち直し、1978年8月に、お蔵入りになっていたEP “Bingo-Master's Break-Out!”が、Step Forward Recordsからリリースされ、同年11月にはシングル"It's the New Thing"もリリース。更に1日で作ったとされるThe Fallのファースト・アルバム”Live at the Witch Trials”が1979年3月にリリースされます。このアルバム作製後、ドラムのBurnsは暫くして脱退し、代わりに、Rockin’ RickyのMike Leighが加入。しかし、1979年4月には、アルバムの殆どの曲を書いていたMartin Bramahが抜けます。それで、先述のRileyはベースからギターにスウィッチし、Craig Scanlon (G)とRileyのバンドメイトでもあるSteve Hanley (B)が加入します。特に、Hanleyは、そのメロディアスなベースラインで、以後約20年間に渡り、The Fallの音楽的根幹を支え、Smith自身も、彼に全服の信頼を寄せています。それで、1979年7月30日に、シングル”Rowche Rumble"をSmith (Vo), Scanlon (G), Riley (G), Hanley (B), Pawlett (Kbd), Leigh (Drs)のメンツで録音していますが、Pawlettはその直後に脱退しています。The Fallは、1979年8月に、RochdaleのCargo Studiosで、セカンド・アルバム”Dragnet”を作製、1979年10月26日にリリースしています。このアルバムはファーストと比して、よりスカスカで、より耳障りな音に仕上がっています。1980年1月13日に、4枚目のシングル"Fiery Jack"をStep Forward Recordsよりリリースしますが、同年3月に、Mike Leighが脱退してしまい、バンド活動が数週間停滞します。その間に、Smithは歌詞を書き溜めていましたが、Leighの代わりに、Steve Hanleyの弟で、当時16歳だったPaul Hanleyがドラマーとして加入します。この後に、The Fallは、Step Forwardを離れ、Rough Tradeと契約しています。それで、Rough Tradeでの最初のアルバム”Totale’s Turns”は1980年5月にリリースされていますが、2曲を除いて、1979年のライブトラックを集めたものとなっています。1980年11月には、フルアルバムとしてはサードアルバムに当たる”Grotesque (After the Gramme)”を、2枚のシングル"How I Wrote 'Elastic Man'"と"Totally Wired"をリリースしますが、アルバムは英国インディー・チャート1位まで行きます。ただ、このアルバムは、Rough TradeのGeoff TravisとRed KrayolaのMayo Thompsonが共同プロデュースしていますが、音作りを大胆に改善しようとした彼等の考えに、Smithは大いに不満でした。と言う事もあって、The Fallは、長過ぎず短過ぎない媒体として10インチEPを選び、それを£2.00ポッキリで発売する戦略で、1981年4月に10インチEP”Slates”をリリースしています。同年終わりに、バンドは、Rough Tradeを離れ、小さなインディーレーベルKameraと契約します。話が少し前後しますが、The Fallが、EP “Slates”の促販の為、米国ツアーに行こうとした時、Paul Hanley (Drs)が若過ぎるとの理由でビザが降りず、仕方なく、Smithは、Karl Burnsを代役としてツアーを行なっており、その時のライブ音源から、ライブアルバム”A Part of America Therein, 1981”を1982年にRough Tradeの米国部門Cottage Records よりリリースしています。ただ、英国に戻ってきても、Burnsは居座っており、バンドのセカンド・ドラムとして在籍、1981年11月に、2人のドラムで録音したシングル"Lie Dream of a Casino Soul"をRichard Mazdaのプロデュースで豪州及びNZにてリリースしています。
The Fallのバイオグラフィーを書き出すと切りがないので、今回はここまでとしておきます。
それで、Rough Trade在籍時代(主に1980年で、一部1983年)のThe Fallのシングルなどを集めたのが、本作品となる訳ですが、先ず、この時期のメンバーを再度、確認しておきます。Mark E. Smith (Vo), Steve Hanley (B), Paul Hanley (Drs), Craig Scanlon (G), Marc Riley (G)ですが、1983年録音のトラックではKarl Burns (Drs)も参加していたり、或いは1983年録音のトラックではMarc Riley (G)が参加していないものもあります。とにかく、内容は最高ーッ‼️ タイトなリズムとSmithのスポークン・ワードのようなヴォーカル、それと先述のように執拗な「繰り返し」。これだけでご飯3杯食べられますね。多分、初期のThe Fallとしても、一番脂が乗り始めた時期なので、もう痺れる程、カッコ良いです。A面6曲、B面4曲で、その内、B3 “Container Drivers”とB4 “New Puritan”は、1980年9月16日のJohn Peel Session用に録音した曲です。A5 “The Man Whose Head Expanded”, A6 “Ludd Gang”, B1 “Kicker Conspiracy”, B2 “Wings”は、1983年作で、その他の曲はいずれも1980年作です。取り敢えず、このアルバムに収録されている曲は下にURLを貼っておきましたので、何も言わずに聴いてみて下さい! これらの曲とかヴォーカルは唯一無比ですから。あとは楽しんで下さい。

A1 “How I Wrote Elastic Man” (4:22)
A2 “City Hobgoblins” (2:23)
A3 “Totally Wired” (3:27)
A4 “Putta Block” (4:25)
A5 “The Man Whose Head Expanded” (4:24)
A6 “Ludd Gang” (2:38)
B1 “Kicker Conspiracy” (4:21)
B2 “Wings” (4:32)
B3 “Container Drivers” (3:41)
B4 “New Puritan” (7:13)

A1 “How I Wrote ‘Elastic Man’” & A2 “City Hobgoblins“
https://youtu.be/aBUlf8THuNg

A3 “Totally Wired”
https://youtu.be/sk1TP5EkLS4

A4 “Putta Block”
https://youtu.be/6oF-J-5HjyU

A5 “The Man Whose Head Expanded”
https://youtu.be/8jo5rzGRlH4

A6 “Ludd Gang”
https://youtu.be/cqTK3nuepps

B1 “Kicker Conspiracy”
https://youtu.be/Ehoi2-rlmdI

B2 “Wings”
https://youtu.be/Wb6zdxd9phQ

B3 “Container Drivers”
https://youtu.be/TsaPuF8eji4

B4 “New Puritan”
https://youtu.be/o5dMQNROQr0

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