番外編2 URCレコード

0

URCレコード(アングラ・レコード・クラブ)は、会員制のレコード・クラブとしてスタートしました。
当時、岡林信康さんの「くそくらえ節」が発売中止になるといったことなどがあり、『レコード制作基準倫理委員会(レコ倫)の管轄外』という立ち位置をキープするために、この方法にしたようです。(レコ倫は日本レコード協会の中の組織であり、協会に加入しない自主制作盤だから好きに出しますよ、というスタンス)
1968年には活動を開始し、翌69年2月には第1回頒布が行われたようです。

いわゆるフォーク・ソングの中には、もともと何らかのメッセージを含むものが少なからず存在していました。(ボブ・ディラン、ジョーン・バエズ等々)
特にフォーク・ソングに限ったことではありませんが、そのメッセージの濃度や色合いによって、反社会的・わいせつ・差別的等の基準からレコード協会内部の自主規制が行われていたわけです。協会としては、世の中全体を敵に回すなどという愚行を避けるため、事前にチェックしていたということだと思います。

発足したURCには結果的には想定を大きく上回る会員申し込みがあり、69年8月にはマイナー・レーベルとして一般販売に切り替えたようです。
反戦歌、反体制的なメッセージ、左傾化する学生運動、70年安保、フォーク・ゲリラ等々、全て一括りにしてしまうのは間違いかもしれませんが、若者たちの声や感じ方を背景にした新しい波だったと思います。

残念ながら、URCレコードのオリジナルは私の手持ちにはなく、画像1&2は第1回分の復刻版のCDジャケットです。
レコードではA面が高田渡さん、B面が五つの赤い風船となっていました。
画像3以降の資料は、70年代に入ってURCが後発のエレックの傘下に入り、エレックとしての目録に掲載されていたレコード・リストです。目録も当時の現物ではなく、復刻版によっています。

ずっと後の時代ですが、高田渡さんは吉祥寺のいせや(地元では有名な焼鳥屋さんです)で呑んでいるところをお見かけしたことがあります。(仙人のような風貌になってからのことです)

#アナログレコード
#レコード資料

Default