来たるべきオリンピック大会場想像図@昭和初期の子ども向け科学雑誌

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昭和12年夏、子ども向け科学雑誌のカラー口絵として巻頭を飾った、その3年後に東京市内で開催予定だった我が国初のオリンピック大会の、当時最尖端の科学技術の粋を集めた「來るべきオリムピツク大會場」想像図。目次では「一九四〇年オリムピツク競技場」という題になっている。
テレタイプや大型のファクシミリなど、今やすっかり過去の遺物となってしまった器械装置が並んでいるが、これが当時の「近未来」として若者の胸をときめかせていたのだ。左下の黒っぽい図はよくみると「家庭におけるテレビジョン」と書いてある。当時のディスプレイ装置は以前にも紹介した
https://muuseo.com/lab-4-retroimage.jp/items/90
ように非常に画面の小さいブラウン管しかなかったので、どうやらこれはプロジェクターで壁か映写幕に投影する方式のもののようだ。残念ながら最後の行がちょん切れてしまっている下欄外の解説文によれば、超短波で送波するため東京からせいぜい横浜市内くらいまでしか受信できないものの鮮明な画像が期待される、とある。後に三国同盟を結ぶドイツやイタリアよりもアメリカの旗が、日の丸と並んで大きく描かれている辺りに、一般にとってはまだ平和そのものだった当時の雰囲気が読み取れる。
それにしても、この図版を手に取って眺めながらわくわくしていた少年たちが数年後にたどったであろう運命をおもうにつけ、つくづく未来がどうなるかなんてわからないものだ、と考えてしまう。今直面しているCOVID-19パンデミックだって、今年の初めに誰がこんな状況を予想していただろう。1年先に延期された東京オリンピックが果たして開催できるかどうかだってわからない。ましてや、我が身や世の中が5年先、10年先にどうなっているかなんて、到底わかりっこないのだ。

レンズで拡大表示するテレヴィジョン装置+巨大なファクシミリ装置@昭和初期の物理学教科書
昭和初期の物理学教科書に載っている、当時最新鋭の技術だったいわゆるブラウン管テレヴィジョンとファクシミリ送受信機の仕組み解説。 まだブラウン管の表示サイズが技術的にあんまり大きくできなかったため、手前に凸レンズを組み込んで拡大して見せる方式が採用されている。とはいえ、現代の大画面テレビに較べたらはるかに小さいのだが……。 ファクシミリもやたらと大掛かりな装置だったのだが、送れる画像サイズは大したことない。図版上側の送信機図中「A」に写真が捲きつけられた筒がみえるが、ここに取り付けられない大きさのものはダメなのだった。ただし次の図版のモダンな東京中央電信局庁舎を写した送受信画像を見較べてみれば、画質はかなりよかったらしいことがわかる。部分拡大図から見てとれるように、網点状に受信データを再現表示している。 インターネット経由で誰にでもたやすく画像や映像をやりとりできる今日からすれば、色々な意味で隔世の感がある。 #レトロ図版 #テレヴィジョン #CRT #ブラウン管テレビ #ファクシミリ #FAX #画像伝送 #昭和初期
https://muuseo.com/lab-4-retroimage.jp/items/90

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