1920年代の観賞植物@昭和初期の女学校用植物学教科書

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家庭でのガーデニングが日本でひろくおこなわれるようになったのは、家政学の観点からの研究
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhej/59/2/59_2_69/_article/-char/ja/
によれば20世紀に入ってからのことになるようだが、家庭団欒を主宰する主婦のたしなみのひとつとして、学校教育でも採り上げるようになったらしい。植物学教科書でも明治後期あたりから、植物と人間とのかかわりのひとつのカタチとして、園芸植物が必ず登場するようになる。

今回紹介するのは大正12年(1923年)の関東大震災の後、都心部の復興とともに住宅地が郊外に開発され中産階級以上の人々が移り住んで、それまでよりも広くなった自宅の庭で植物を育てる趣味がいよいよさかんになった昭和初めの観賞植物の図版。綺麗なオフセット多色刷りの一枚に載せてあるのは、当時最も流行っていた品種ではないかとおもわれる。たとえば黄バラが世界ではじめて登場したのは19世紀末とも20世紀初頭ともいわれるようだが、最初期のものはここに見られるような淡い色ではなくてもっと赤みがかっていたそう
http://mohri.la.coocan.jp/rose/jkrs/26/jkrs2613.html
だから、その後の品種改良によってようやく作出されたものが、この当時に我が国へも入ってくるようになったことを示しているのかも。ほかにもいろいろあるよ、ということで銅版線画の花々の図版が2枚添えてある。こうした、切り花のように植物の特に見せたい部分だけを切り取って、図鑑のように何種類も並べた図が教科書に頻繁に登場するようになるのは大正10年代くらいからのようにおもう。

樹としての観賞植物の例として、枝垂れマツと斑入り葉のマサキを示したのが7枚目。なお本文の解説では、「斑葉」は「イサハ」とルビが振ってある。また野生種と園芸種との見た目の違いの大きさの例として掲げられているのが、8枚目の「のぢぎくときく」図だ。

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