料亭「川浪」で井上堯之バンドが出会った板前・片島三郎の唯一作「Nadja 愛の世界/萩原健一」

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「あ、いやーっ・・・冗談じゃないっすよ・・・歌なんか・・俺・・そういうの困りますから・・・」

「サブ、まあ聞けよ。折角井上さんも速水さんもこうやって熱心に誘ってくれているんだ。面白いじゃないか、
やってみろよ・・俺も昔は若気の至りで「シンボルロック」なんていうレコードを出したもんだよ・・・サブ、お前だって半妻さんとこのヒロシとバンドをやっていたそうじゃないか、レコードもだしたんだろう?半妻さんだって利夫やうちの修と一緒になんとか軍団ってレコードを出してる。海ちゃんも、かすみちゃんも、冬子お嬢さんだって出してるんだ・・・政吉も出してるよ、お前のモノマネなんか吹き込んで。平吉さんなんかジャズバンドのピアニストで山ほどレコードを出してヒットさせてきたんだ。郷里の春子ちゃんだってレコードくらい出しているんだぞ。いい機会じゃないか、サブ」

全国ツアーを終えて深川の料亭「川浪」を借し切り打ち上げの大宴会に興じていた井上堯之バンドの面々は、その絶品の料理に驚き、部屋に秀次とサブを呼んで談笑しているうちに、片島三郎という板前の青年に不思議な可能性を感じて是非一緒にレコードを創ろうと持ち掛けていた。

浪花節と北島三郎くらいしか歌には縁のないサブも、秀さんの熱心な勧めにほだされ、製作に踏み切ったアルバム、それがこの1977年の春にリリースされたショーケンのセカンド・ソロ。あたかもこんな経緯で創られたのではないかと妄想するほど、本作はドラマ「前略おふくろ様」の延長線上にあるスピンオフ企画的な側面を感じさせます。
口下手で何事にも気後れし、自信なさげで、朴訥な青年「片島三郎」そのままのキャラクターで歌っているような印象、テンプターズ、PYGまでとは異なり、素直に控えめに、オフ気味のミックスで訥々と歌うサブもといショーケン。「ドンファン」期から晩年にいたるまでのピッチの外れを逆手にとったジョン・ライドン、シャンソン、ディランのような芝居ががった大仰な唱法でもない。

「兄貴のブギ」が萩原・水谷のレコードというよりもコグレオサムとイヌイアキラの作品だったのと同様、実はこれもショーケンが片島三郎というキャラクターのまま臨んでつくられたような妄想をいだかせるのです。レノンの「アイソレイション」的過ぎるけれど笑、井上・萩原の畢生の名曲であることは間違いない「男の風景」に始まり、まるでかすみちゃんとの物語を唄っているような、大野克夫によるシングル・カットもされたラストの「別れの詩」まで。

役者が、物語のキャラクターとして吹き込んだレコードとなると勝新の座頭市など真っ先に思い浮かべますが、今となってはこれは、ショーケンならぬ片島三郎がマイクに向かった一枚のようにも思えてならないのです。このレコードは1977年3月、つまり「前略おふくろ様」が最終回を迎える寸前にリリースされました。初回放送時から血反吐を吐くほど再三再四観返して、このアルバムもリリース直後から愛聴しつづけている者としては、ここでのショーケンは実は片島三郎だったのではないかと、(ジャケットに写る短髪のショーケンもサブそのもの)膨らませ過ぎた妄想に遊んで聴き続けているのです。

唯一、そぐわないのは北島三郎ファンの片島三郎がアンドレ・ブルトンからタイトルを引用しているところかな笑。

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