「神は完成を急がない」 ~ サグラダ・ファミリア教会2018

初版 2024/09/11 13:57

改訂 2024/09/12 18:53

サンパウ病院見学後、ガウディ通りを真っ直ぐ進むとサグラダ・ファミリアが見えて来ました。

今から120年ほど前、建築中のサンパウ病院からサグラダ・ファミリアを見た写真です。上の写真と全く同じ角度から見ています。ガウディ通りもなければ、視界を遮る建物もなにもありません。

生誕のファサードと横の尖塔が見えるのみで、教会の全体像がまだほとんど分かりません。胚細胞8分裂くらいな感じ(笑)。

ガウディが亡くなった1926年にはまだこれだけしか出来上がっていませんでした。塔もまだ未完成。

そしてこれは1934年時点のサグラダファミリアです。8年かかって生誕の塔と後塵のファサードがわずかに出来上がっただけ。「贖罪教会」のため寄進(入場料も一応寄進)のみで建設費用を賄っており、慢性的な財政難で長いこと教会の建築工事はなかなか進みませんでした。

しかし、バルセロナオリンピック開催から観光客が押し寄せ、入場料の増収もあって飛躍的に工事が進みました。「完成に300年掛かる」と言われていましたが、コロナ禍にも負けず「ガウディ没後100年の2026年」にイエスの塔の完成を目指しています。

生誕のファサード。ガウディが亡くなる前に完成していた数少ない部分です。ちなみに生誕の塔はガウディが亡くなった7年後に完成しました。この生誕のファサードの塔だけでも、高さは120メートル近くもあり大変な威容です。

まるで溶けた蝋が流れ落ちてくるようなファサードの造り。聖書の様々な場面の彫刻が並べられています。

こちらはアルハンブラ宮殿の「二姉妹の間」の天井。ガウディのファサードにはやはりイスラムの影響があるように思います。

『聖母マリアの戴冠』…私のショボいデジカメではこれが限界ですが、彫刻の出来は素晴らしくまるで舞台を見ているようです。

いよいよ教会内に入りました。大変な人混みですが、教会とは思えないのびのびした閉塞感のない空間です。

こちらはオレンジが主体の受難のファサード側のステンドグラスです。他の教会では見られない色が混じり合って本当に明るいです。

サグラダファミリアには「生誕のファサード」「受難のファサード」があり、それぞれの塔にはエレベーターが付いています。これは前もって乗る時間を予約をしていないと乗れません。私たち夫婦はこの時は「受難のファサード」側のエレベーターに乗りました。今はチケットはすべてネット購入のみになっており、当日教会に行ってもチケットは買えなくなってしまいました。

エレベーターで上空へ。工事現場が間近に見られます。

そこから螺旋階段で下に降ります。外からは見られない工事風景を目の当たりにすることが出来ます。

バルセロナの街並みも一望出来ます。

このあたりの作業の様子などは、塔に登らなければ決して見られない光景だと思います。

左に見えるのがマリアの塔。果実のオブジェがここにも見られます。

12壁面からなる聖具室です。この建物は宗教行事で使う様々な用品を収めるところです。

階下に降りて来ました。こちらは青が主体の生誕のファサード側のステンドグラスです。

具象ではなく抽象的なモザイクのステンドグラス。

私が撮ったサグラダ・ファミリアの写真で一番気に入っているものです。木漏れ日を浴びて大木の中にイエスが浮いているようです。

どの教会とも違い、「我が身を神に委ねる」まさにそんなイエスの想いが伝わってくる磔刑像です。

内陣の壁はややモダンな印象です。これはガウディのデザインではないでしょう。

外に出て来ました。サグラダファミリアが世界遺産に認定されているのは皆さんご存知だと思います。しかし、実は世界遺産に認定されているのはサグラダ・ファミリアの建物のうち「生誕のファサード」と、ガウディの眠る「地下礼拝堂」のみだということ、私はそれまで知りませんでした。私は地下礼拝堂に行きませんでしたが、家内は後日礼拝堂でガウディのお墓のお参りをしました。

この「生誕のファサード」が出来て100年程経過していますが、よくぞ一人の人間の頭でこれだけ複雑で美しいものを考えられたな、と思います。「自然界には直線は存在しない。直線は人間に属する。曲線は神に属する。」ガウディの言葉です。

こちらは受難のファサード。カタルーニャ出身の彫刻家ジョセップ・マリア・スビラックスの彫刻像が見られます。

後塵のファサードからマリアの塔を仰ぎます。

以前家内が宿泊したサグラダファミリア近くのホテル屋上から撮影しました(2018年)。建設中のマリアの塔が見えます。

そしてマリアの塔は2021年12月に完成しました。

夜にサグラダファミリアのライトアップを見に行きました。こちらは受難のファサード側。照明が白っぽいです。

受難のファサード側は新しいので石も白くて明るいです。

そして反対に回り生誕のファサードを見ます。

教会となりの池の前からのサグラダファミリア。やはりこの角度からの教会が最も印象深いですね。

それにしても生誕のファサードを見るにつけ、受難のファサードとの大きな差を感じてしまいます(「生誕のファサード」のみが世界遺産になっていることとは無関係に)。敬虔さ、美しさ、複雑さ、すべてが「並外れた」ものに見えます。そして彼の建築が「キリスト教文化とイスラム文化が渾然一体となったもの」であることが感じられました。

「神は完成を急がない」ガウディの言葉です。‥‥しかし、「ガウディの子供たち」は今日も黙々と工事を進めています。

1990年3月に行ったロンドンで、初めてエドワードグリーンのドーバーを購入しました。以来、ここの靴の虜になりました。質の良いしっとりとしたカーフ、美しい木型、無い物ねだりと分かりながら、この時代のエドワードグリーンの靴を今も追い求めてしまいます。
他に古い靴も修理して履いています。特に戦前の英国靴は素晴らしいと実感しています。

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