鉱物標本 トーバーナイト(Torbernite)

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別名:燐銅ウラン石
産出地:Margabal Mine, Entraygues-sur-Truyère, Rodez, Aveyron, Occitanie, France

ウラン雲母と称されるウランの二次鉱物の一種。アップルグリーンやエメラルドグリーンの綺麗な緑色をしており、放射性を有する。名前は1793年にAbraham Gottlob Wernerによって、18世紀の著名なスウェーデン人鉱物学者のTorbern Olof Bergmannに因んで命名された。

同じウラン雲母のオートゥナイトが強い蛍光性を示すのに対してトーバーナイト自体は蛍光性を持たない。また、オートゥナイトはウラニルリン酸のCa塩のためウラン鉱床で比較的見つかり易いのに対し、トーバーナイトはCu塩のためウラン鉱床と銅鉱床が同じ場所にないと生成されず、世界的にも産出地は多くない。オートゥナイト同様に空気中で12H20から8H20へと徐々に脱水してメタトーバーナイトへと変化する。放射性はオートゥナイトより強いとされるものの、鉱物標本として飾る分には問題ない。(*1)

本標本が採掘されたMargabal鉱山はフランス南部のアヴェロン県にある全長100m程の小さなウラン鉱山で、実際に採掘されていた時期も1957年から1960年までと短いものの、トーバーナイトが採掘される世界でも数少ない鉱山の一つだった。1997年には50cmもの大きさのトーバーナイトの鍾乳石が見つかっており、パリの自然史博物館に展示されている。

こんな希少かつ美しいトーバーナイトであるが、これを構成するウラン元素は自然界に安定して存在する最も重い元素とされ、それ以上の元素(NpとPu)も極微量で地球上に存在はするものの、原子核が不安定なため直ぐに核分裂してより軽い元素へと変化してしまう。では、この自然界に許容される境界線上に存在しているウランの起源は何処にあるのか。

宇宙空間において、恒星内では水素やヘリウムを燃料に核融合反応が自発的(発熱的)に進行しており、より重い元素が合成されている。ただしこの反応で合成されるのはFe元素までで、それよりも重い元素では反応が吸熱的となるため恒星内核融合では合成されない。

話は変わり、自然界に存在する元素の陽子数はその原子番号に対応しているが、中性子数はその元素固有の範囲内ならば数の制限がない(その中でも安定な数、不安定な数はあるが)。これらを同位体(アイソトープ)と呼び、ウランを例に出すならば原子番号が92のため陽子数も92となり、最も安定な中性子数は146なのだが、125~150の範囲内ならば原子核に入る中性子数に制限は無い。ところが実際に自然界に存在するUの同位体はU238、U235、U234の3つだけである。この自然界における各元素の存在比とその同位体の存在比、そして安定性を元に宇宙空間における重元素合成のプロセスとして考えられたのがビスマス元素までが合成されるs過程(slow-process)とウラン元素までが合成されるr過程(rapid-process)である。

これらの重元素合成では中性子捕獲とβ崩壊、つまり原子核に中性子が供給され、それが陽子に変化することで原子番号が増えるプロセスを踏むこととなる。s過程に関しては今回割愛するとして、r過程では極一瞬(数秒)の間に高密度の中性子束が原子核へと限界まで供給され、その後に中性子過剰な原子核の陽子数と中性子数のバランスが安定する所までβ崩壊(陽子に変換)し続けることで原子番号が増えていくというプロセスである。

このプロセスが実際の宇宙空間でどのタイミングにて発生しているのか、その短い反応時間のため、これまでは重力崩壊型超新星爆発のタイミングで起きているのではないかとされてきたが、近年のシミュレーションでは実際の宇宙に存在する重元素の比率と一致せず、否定的になっている。この説以外に中性子連星が互いに衝突するタイミングでr過程が起こるのではという説も存在し、シミュレーション上でも齟齬が起こらなかった。そして2017年になって漸く中性子連星の衝突が観測されたことで、r過程が生じた観測データも得られてこの説が正しいことが証明された。ただし、この広大な宇宙空間ではあまりにも稀な現象なため、重元素を十分な量賄えているのか疑問も残っており、r過程に関して詳しい所はまだまだ謎に満ちている。

いずれにせよ、トーバーナイトという鉱物を調べていく過程で、私はこの鉱物がウラン元素という宇宙空間における奇跡とウラン銅鉱床という地質学的偶然が重なることで生まれた奇跡の結晶のように感じた。

本標本は2020年、ミネラルマルシェにて購入。UVで特定の面にのみ蛍光を示しているが、これはトーバーナイトの結晶面上にオートゥナイトがエピタキシャル成長しているためである思われる。

*1:オートゥナイトの放射性
→オートゥナイト(Autunite)参照

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