藍の中の黒い歌 シューベルトÐ.784
シューベルト/ピアノソナタ第14番イ短調D.784『遺作』 第1楽章 アレグロ・ジュスト 第2楽章 アンダンテ 第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ 誰に向かって吐かれたのか、胸につかえた物狂おしさを吐き出すように始まる。 消えかかった炎が風に煽られて灰になるまで燃え始めるように、孤独な音が続く。 時折慰めのように挿入される優しい歌は一度も主導権をとることなく、藍色の中で歌われる黒い歌を薄く照らす。 閃きを与えた聖なるものと無音の世界で対話したベートーヴェンは確信の世界へ突き進んだけれど、シューベルトはまるでたった今盲いたばかりの人が、両手で行く手を探るように、突然の孤独に流す涙を拭いもせずに、ただ暖かさを探っている。 ここにはもうたおやかで、愛らしい微笑みをたたえる野バラの世界はない。 身の置き所のない孤独を音を変えて何度も何度も歌う旅人がいる。 どこまでも続くように繰り返されるフレーズはほんの少しずつ崩され、重なり、転調され、消えそうで消えない炎のように、わずかな風で灰と共に蘇る。 この第1楽章は全体のバランスを完全に崩してしまうほど長い歌になっている。 それはついに完成しなかった第4楽章におそらく同様の長さの音楽を想定し、バランスをとるつもりであったのかも知れない。 第2楽章は短いが変化に富んでいて、両手にあらわれる歌が澄んだ旋律を生むけれど、それはかつてのメロディアスなものではなく、全ての音符に重たい心がぶら下がっている。 アレグロ・ヴィヴァーチェの第3楽章はショパンの葬送ソナタの第4楽章の墓場に吹く一陣の風のようにピアニスティックであり、フィナーレのような華やかさを思わせては、急に立ち止まって俯く。 何もここでやらなくてもいいのにと思う位異質な響きが次々に立ち現れては切れる。 この後に続く楽章は、多分、この楽章を書いている最中にもう、完成させることを諦めたのかも知れないとふと思った。 CD中のD784については以下のアドレスでhttps://muuseo.com/Mineosaurus/items/369?theme_id=43332 Schubert Piano sonata ニ長調 Op.53 D.850 / イ短調 Op. Posth(遺作)143 D.850 | MUUSEO (ミューゼオ) https://muuseo.com/Mineosaurus/items/369?theme_id=43332 Mineosaurus