もし、ヴィトゲンシュタインがいなかったら…ラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲
初版 2024/02/02 14:09
改訂 2024/02/11 09:28
ヴィトゲンシュタインで検索すると多分兄である哲学者の方が多くヒットするのではないか。パウル・ヴィトゲンシュタインは第一次世界大戦で右手を失ってしまうまで、そこそこの技量を持つピアニストだったらしい。パウルは鉄鋼業で巨万の富を気づいたカール・ヴィトゲンシュタインの息子であり金銭的な困窮のためにピアニストを続ける必要があったわけではない。彼は純粋にピアニストであり、彼の人生を貫徹するために必要なものを手に入れるために、片腕のピアニストとしてなしうる努力は全て行ったのだあろう。ピアノ曲を左手用に編曲したり、他の作曲家に委嘱したり様々な手段を講じるだけの財力があった。
彼は当時の著名な作曲家に手当たり次第に左手だけの自分に弾ける作品を依頼している。
例えば、フランツ・シュミッやリヒャルト・シュトラウス、パウル・ヒンデミット、ベンジャミン・ブリテン、セルゲイ・プロコフィエフ(彼自身が一音符も理解できず、丁寧なお断りの返礼をしている。後のピアノ協奏曲第4番である。)さらに、セルゲイ・ボイルトキエヴィチ(ただ、この人に委嘱したかどうかは定かではない。彼が演奏している記録はある。)
そして最も知られることとなったのが、このモーリス・ラヴェルの二長調だ。ただ、彼はこの曲の一部を許可なく改変して演奏し、作曲者の怒りを買い、以後不仲となったが、その後他の演奏者がこの曲を弾いているのを聴き、自分が間違っていたことを謝罪している。)
現在左手だけのピアニストは少ないけれど、活躍している。日本だけでも、館野泉をはじめ智内威雄、瀬川泰代、コンクールなんかもある。左手は旋律を追うのでピアニストによって左手一本で弾く練習もするらしい。ミシェル・ベロフはかつて本当に右手を痛めて弾けなくなった時、このラヴェルの曲を弾いている。
ヴィトゲンシュタインは多くの作曲家に作品を委嘱したが、技術的に弾きこなせる能力が及ばなかった作品もある。しかしその作品たちは現代の隻腕のピアニストたちが立派に引き継いでいる。もし彼がいなかったら、現代のピアニストたちの演奏はそのレパートリーにおいて編曲が中心となる限定されたものになったのではないだろうか。
モーリス・ラヴェル/ピアノ協奏曲ニ長調1931年(左手のために)
レント~アレグロ~レント
響きの薄くなることに細心の注意が払われたオーケストレーション。
まず、異様なイントロの構成が耳に付いたら離れない。
コントラバスの和声の上にコントラファゴットが超低音の旋律を生んでゆく。
そのくぐもった厚く黒い雲の中から、金色に輝く左手のピアノが紡ぎ出す音色の鮮やかさ。
ここで華がないピアニストは弾くべきではないかも知れない。
一部の煌びやかなピアニズムと左手だけとはとても考えられないような高音の閃き、ピアニストが横を向いてしまうのではないかとすら思う。
そして一転した美しい旋律の浮遊。2部にかかってのジャージィなセンス。
紛れもないエンタテイメントを感じる。
ト長調よりも更にテクニカルであり、これを弾きとばすくらいの技術的裏付けがなければ手を出すべきではないだろう。
あろうことかパウルの旦那は弾きやすいようにアレンジしてしまったのだから、いくら高額の報酬を貰ったとはいえ硬骨漢モーリス・ラヴェルのプライドをいたく傷付けたことには間違いないだろう。
今回ボクが聴いたのはサンソン・フランソワのピアノ。
アンドレ・クリュイタンス指揮の古き良き時代のオーケストラ、パリ音楽院管弦楽団(パリ管弦楽団の前身)の演奏です。
パリ管が現代的洗練の意匠をまとう前の、ローカリティの薫る、えもいわれぬ雰囲気を持つ演奏です。
ややもすればやりすぎの感もなくはないフランソワですが、ラヴェルの演奏に関してはこの古雅なるエスプリを醸す楽団と同じく、『粋』というものを身につけた希有な存在としてその代え難い音楽の楽しみを教えてくれます。
ジャケットの写真はお気に入りのアルゲリッチの二度目の録音。ラウル・デュフィの絵のジャケットが気に入っています。この絵を選んだジャケットのデザイナーとト長調の方の協奏曲の話はCD紹介で書きました。
アルゲリッチは、ミシェル・ベロフが本当に右手を痛めているときにこのCDを録音しているときにマルタ・アルゲリッチがクラウデイオ・アッバードの指揮するLSOと録った演奏と一緒にベロフに左手のこの曲の演奏を持ちかけて録音しているものがある。
ベロフのドビュッシーはポスト・ギーゼキングとしてボクはよく聴いたけれどラベルの左手もなかなか良かった。
ただ、肝心の両手のト長調のほうが前のが良かったかなと思ったりしている。なんか落ち着いちゃってる感じでした。
アルゲリッチの実演は何度か聴いたけれど、彼女はやはり録音の人ではなく、完璧な実践浮遊型のピアニストですね。
Mineosaurus
古生物を中心に動物(想像上のもの)を含め、現代動物までを描くイラストレーターです。
露出度が少ない世界なので、自作の展示と趣味として行っている地元中心の石ころの展示を中心に始めようかと思っています。
海と川が身近にある生活なので気分転換の散歩コースには自然が豊富です。その分地震があれば根こそぎ持っていかれそうなので自分の作品だけは残そうかとAdobe stockを利用し、実益も図りつつ、引退後の生活を送っております。
追加ですが、
古いものつながりで、音楽についてもLabを交えてCD音源の部屋をつくっています。娘の聴いてるような音楽にも惹かれるものがありますが、ここではクラッシックから近代。現代音楽に散漫なコレクションを雑多に並べていきながら整理していこうかと思っております。走り出してから考える方なので、整理するのに一苦労です。
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とーちゃん
2024/02/11プロコフィエフや ラヴェルとのエピソード、
興味深いです。
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Mineosaurus
2024/02/11コメント、ありがとうございますいた。
4人がいいね!と言っています。