帰郷さだまさし
さだまさしの34歳の時のセルフ・カヴァー集
2017年1月2日に日本でレビュー済み
さだまさしをリアルタイムで聴いてきました。40年経ちましたが、「精霊流し」「交響楽」「案山子」「フレディもしくは三教街~ロシア租界にて~」「秋桜」「主人公」など、どの曲をとっても時代を超えて愛聴できる曲ばかりです。
シンガー・ソング・ライターとして持てる個性を輝かせた20代半ばの時代を飾る名曲の缶詰のようでした。勿論30代に入り、多く重ねたステージのせいでしょうか、声の張りは少し失われている感じですが、歌唱力の確かさがそれを補っているように感じています。
オリジナル歌唱とは、アレンジが異なりますので、どちらの趣がいいのかは、好みが分かれますが、原曲の良さ、歌唱の素晴らしさなど、甲乙付け難いものを感じました。
ここに収録された13曲は、いずれも見事な短篇小説集を読んだ後の清清しさと懐かしさが同居するような曲群です。瑞々しさが違います。曲と詩とヴォーカルが三位一体となった完成度は、他のアーティストとは一線を画すほど卓越した作品を世に出していました。描かれた心情は、時代を超えて強いメッセージとなって伝わってきます。
6曲目の「フレディもしくは三教街~ロシア租界にて~」も大好きな曲です。愛の歌です。ただ、その歌のメッセージはもっと深いところにあります。大好きなフレディがおじいさんになり、私がおばあさんになるまで、幸せに一緒に暮らしたいと願いをもった女性の語りを歌にしています。歌われる「漢口(ハンカオ)」という地名は、中国にある今の武漢です。フランス租界やロシア租界という歌詞でもわかるように、日中戦争前の「漢口」が舞台です。
そんなステキな街のステキなカップルの平和な日常が描かれていましたが、ラストで悲しい結末を迎えます。愛する二人の夢さえも奪っていく象徴として「戦闘機」という歌詞ができます。
もし、戦争がなければ、まったく違う人生を送れたはずなのに、という切々とした願いがこの歌には込められています。ただのラヴ・ソングだけに終わらないのがさだまさしの個性でもありました。声高に平和を叫ぶのではなく、映画のワンシーンのように情景を鮮やかに描いており、いつまでも心に残ります。
9曲目の「案山子(かかし)」もいつ聴いてもいいですね。♪元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか 寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る♪という簡潔なフレーズに温かいメッセージが一杯詰まっていました。故郷から遠く離れた街に行き、慣れない都会の暮らしを気遣う親兄弟の思いは、まさしく不変的な情愛そのものです。
10曲目の「主人公」の歌詞にある♪時を遡る切符があれば欲しくなる時がある あそこの別れ道で選びなおせるならって・・・・♪というくだりを20代半ばの年齢で創り出した才能には感心するしかありません。♪私の人生の中では 私が主人公だと♪というラストの歌詞の重さが、一定の齢を重ねてきて、様々な節目を幾ばくか越えた心に染渡ります。永遠の名曲と言えましょう。
リーフレットに掲載してある吉田政美とさだまさしの対談「時を超えて」には、グレープ時代の逸話が9ページにわたり紹介してありました。デビュー以来音楽プロデューサーとしてさだを支え続け、励ましてきた川又明博や、服部克久、渡辺俊幸等のコメントから、知られざるエピソードが語られています。さだまさしの人となりがとても温かく伝わってきました。このリーフレットの存在から考えても、以前からオリジナルの歌唱を愛している方にとっても再び手に取られても損はないと思います。