怖い絵
2017年、兵庫県立美術館。
言うまでもなく中野京子氏の著作を基に企画された本展では、「神話と聖書」「悪魔、地獄、怪物」「異界と幻視」「歴史」など6つのセクションに様々な「怖い絵」が並んでおり迎えてくれます。
入場して早々にウォーターハウスの「オディッセウスの盃を差し出すキルケー」と対面。約30年振りの再会は感動ものだ。並んでドレイパーの「オデュッセウスとセイレーン」も掲げられており、ホメロスの「オデュッセイア」での有名な場面が見られる。セイレーンは一般的には人魚のような姿というイメージがあるが、アドルフ・モッサの描くセイレーンは鳥の身体を持っている。これらはラファエル前派や象徴主義の御得意のモチーフだ。マックス・クリンガーやルドン、アンソールなどのエッチングやリトグラフ等をを挟んで最後のセクションに本展のシンボルにもなっている「レディ・ジェーン・グレイの処刑」が掲げられていた。思っていた以上に大きな作品で、描かれた人物がほぼ等身大という事もあってか大変生々しく、レディ・ジェーンの凜とした覚悟や侍女たちの絶望感、執行人の無表情さなどが画面から溢れ出ている。周囲の大人たちの思惑に翻弄され、王位につく事僅か9日間で16歳の若さで処刑された悲劇の女王。この背景を知れば知るほどこの絵の持つ「怖さ」が炙り出される。
本来、絵画を含め芸術とは何も予備知識がなくとも素直に心で感じれば良い、とは昔からよく言われる事だが、1枚の絵画に長編映画のようなストーリーが描かれている事もある。学生時代に澁澤龍彦の著作を通して象徴主義の絵画を知って以来、その絵の持つ意味や背景、更に描かれている寓意、象徴について考える様になっているので、この様な企画は非常に興味深く、実際の作品を眼の前にすると従来とはまた異なった印象を受ける事も多い。
「発注者や鑑賞者だけでなく、画家も様々な思惑を持っており、その思惑に沿って作品を描いている。鑑賞者はその事を忘れがちだ。」という中野京子氏の言葉が心に響いた展覧会だった。