【仁義なき戦い】死闘編・決戦編  飯干晃一

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広島やくざ流血20年の記録 【仁義なき戦い】

美能幸三の手記より。  作家の飯干晃一が、美能の手記を引用しながらの構成。  

太平洋戦争で広島は原爆、東洋一の軍港の呉は焼け野原になり、ヤクザが暗躍して終戦から四半世紀の間、広島県ではドンパチが繰り広げられた。日本ヤクザ抗争史上類を見ない最悪の検挙者・犠牲者を出している。 大きく『第一次抗争』『第二次抗争』『第三次抗争』と分けられている。

その渦中に居た呉市のヤクザ、美能幸三(みのこうぞう)は第二次抗争の後半に逮捕され、収監された網走刑務所で、広島市にある中国新聞社が出版した本を読んだ看守が「美能、お前の事が書いてあるぞ」と渡され、記事を読んで激怒。

事実と異なる事を多数書かれ、憤慨した美能は獄中で取り憑かれた様に手記を書いた。本とかにする予定はなく、身内や友人・知人に真実を知ってもらおうとしたのだが(生原稿には随所に美能の母親が赤鉛筆で感想やらを書き込んでいる)、読んだ関係者から何人か人伝てに伝わり、その中のマスコミ関係者からもリレー形式でマスコミ関係に何人かに読まれ、皆「生々しく迫力がある」となり、連載企画が持ち上がる。

が、美能自身は猛反対した。自身は引退しており、かつての関係者(現役も居る)の実名や事件が書いてあり、各方面に迷惑がかかる。  すったもんだの末、紆余曲折を経てなんとか週刊サンケイにて連載開始。たちまち大反響となる。印刷所の従業員や関係者たちが原稿を読みたくて、到着したら我先にと奪い合いになったというエピソードまである位。

そして東映の岡田社長も、低迷していた高倉健や富士純子らの”架空の任侠モノ”に代わる”実録モノ”路線として映画化(これも揉めに揉めての実現)。  日本映画界に金字塔として君臨する作品になったのは周知。  

これらは全て美能が獄中で書いた手記から始まったのである。

https://www.youtube.com/watch?v=5Ygbn4lr8dM

5枚目画像は、美能幸三が映画クランクアップ直前に現場を訪れ、自身の役を演じた菅原文太とのツーショット。(コレクションではなく参考画像としています)

#仁義なき戦い
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#東映

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    fanta

    2022/04/20 - 編集済み

    悔しさから生まれた…手記でしょうか。

    今やってる大河ドラマも、
    仁義なき鎌倉時代をいってて、、😂😱とても面白く。
    こういう抗争モノと同じ構図を浮かべてしまいます。

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      8823hayabusa

      2022/04/20

      日本指定広域切手収集団・fanta組長様

      収集団(笑)

      手記…美能が読んで激怒した本とは桁違いのヒットになりましたから、判らないものです♪

      その後、美能氏は幾冊か本を出しています。引退して堅気になってから事業家に転身、呉にこの方が経営した施設が現存します。

      鎌倉時代も戦国時代もヤクザの抗争も、戦略とか戦術とかは同じ図式ですね。

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      fanta

      2022/04/21

      いいなぁその肩書き。。広域切手収集団w😆
      楽しい収集団よ~♪

      広めるつもりのなかった手記、
      その目的じゃないのに有名になり…って話はわりと聞きますね。
      でも映画にまでなり、一時代を築くとは…時代のタイミングもあるんでしょうか^^

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