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John Lobb(London)の黒(ボックスカーフ)
1970年代の製造と思われる「本来の」ジョンロブのビスポークで、底付けは当然フルハンドソーン・ウェルテッド。黒のボックスカーフと言えば、まずはこの靴に用いられている旧西独カール・フロイデンベルグ社のものを推したい。端正に青味掛った艶と透明感のバランスに秀でたこの黒は、紳士靴のアッパーとして長らく頂点を極めていた存在。正に「黒光り」のお手本であり、つま先の既に色が抜けかかった状態ですら凛々しい。シンプルな外羽根式のVフロントプレーントウなだけに、柔らかいのに軟くはない絶妙なハリを感じる革質がメリハリある履き心地に直結している。なお現在このタンナーはワインハイマー・レーダー社として分離独立し、主要な製造拠点をポーランドに移し製造を続けている。
John Lobb(London) ブラック飯野高広
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Regal Tokyoの黒
銀座のRegal Tokyoが以前、英国のアルフレッド・サージェント社に委託製造させていた、Regalブランドなのにリーガルコーポレーション社製ではないある意味貴重な一足。アッパーはフランスのアノネイ社製のボックスカーフ。後述するデュプイ社のものと同様にやや赤みを帯びた黒がフランス製らしいところだが、それに比べると光沢が強く出るような気がする。華やいだ雰囲気を有するこの革を、サイドレースアップ仕様のホールカットプレーントウにすっきりまとめてくれたのは、私のような革好きにはとにかく嬉しかった。因みにアノネイ社はデュプイ社から独立したタンナーで、契約農家制などを通じ早くから革の安定供給に積極的に取り込んでいたことでも知られ、現在はエルメスの傘下である。
Regal Tokyo ブラック飯野高広
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Aldenの黒(シェル・コードヴァン)
Aldenの代表モデルである外羽根式プレーントウ。アッパーは言わずと知れたアメリカ・ホーウィン社のシェル・コードヴァン。この革の黒は、牛革のそれとは繊維の走る向きが異なることに起因する「抜け感と乱反射」が入り混じった光沢が大きな特徴だ。ズバリ、あまりに眩しくかえって暗い黒。ベトッとした密着感と履きジワに細かなものが出て来ない点も牛革とは違う。因みに鳩目周りにちらほら見える白い粉は、カビではなくなめしの際に加えた蝋分が析出したものだ。造りは雑だがいざ足を入れると最高にリラックスできてしまうのが、昔から「医学的に正しい靴」の探求に積極的なAldenの素晴らしさ。ある程度以上かしこまった場でも履かれる黒靴ですら、この「用の美」を味わえるのが有難い。
Alden ブラック飯野高広
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Church’sの黒(ブックバインダーカーフ)
このShannonは1999年に英国で購入したもの。現地では同社の125周年記念モデルがこれより安くセールになっていたのだが、迷わずこちらを選んだのが今でも懐かしい。アッパーは今は亡きイギリスのタンナー・ピポディ社のブックバインダーカーフ。いわゆるガラスレザーの一種だが、モチっと膨らみを感じるキメの細かさと薄青掛ったクリアーな光沢は、他のそれより明らかにたくましく、しかも品が良い。靴クリームも選ばず素直に入り、Church’sで現在使われている類似品=ポリッシュドバインダーカーフとの差は歴然だ。なおこの靴、木型が廃番の#224である正真正銘の「旧チャーチ」にもかかわらず、中敷の都市表記にはMILANが含まれ、製造年が1998年とほぼ断定できる点も案外貴重かも?
Church’s ブラック飯野高広
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J.M.Westonの黒(ボックスカーフ)
パリの直営店で購入した一足で、同社が一時傘下に収めていたフランス・デュプイ社のボックスカーフをアッパーに用いている。他の国のものに比べ明らかに赤みを感じるのがいかにもフランスの黒革で、光沢もややマットでかつ良い意味での硬さと言うかコシがある。お手入れしてもピカピカにはなり難いものの、だからこそ「輪郭線」となるのには最も相応しい質感とも言え、やはり芸術大国らしい革なのかもしれない。この靴はダブルソールではなくてトリプルソール、しかもウェルトが二重に巻かれた超骨太な風貌が一大特徴。この作風こそがフランス紳士靴の実は保守本流なのだが、ミシェル・ペリーがデザインに関与して以降のJ.M.Westonにはあまり見られなくなってしまったのが残念でならない。
J.M.Weston パリの直営店 ブラック飯野高広
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John Lobb(Paris)の黒(ボックスカーフ)
前出のビスポークとは異なり、こちらはエルメス傘下のいわゆる「ロブパリ」の既製靴で、1990年代初期に製造されたもの。アッパーは実はJ.M.Westonと全く同じ、フランス・デュプイ社のボックスカーフ(同社も現在はエルメスの傘下)。しかしデザインの違いでそう見えるのか、はてまた革のグレードが多少異なるのか、こちらの方が透明度に若干秀でており、磨くといぶし銀のようなさ締まった光沢を放つ。この靴の木型である“Derby”は、現行品の主流・#7000の3世代前にあたり、やがて完全買収することになるエドワード・グリーンの当時の工場に委託生産させ始めた最初期にしか使わなかったもの。足囲は表記こそEだが実際にはC程度しかなく、フォーマルユース用らしい細さと低さが際立つ。
John Lobb ブラック飯野高広
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Gaziano & Girlingの黒(ボックスカーフ)
21世紀の英国靴の象徴とも言える同ブランドが、既製品を投入した2006年に早速購入した一足。内羽根式キャップトウの様式美を踏まえた上でのダイナミックな造形だけでなく、当時注目が集まり始めたイタリア・イルチア社のボックスカーフをいち早くアッパーに用いていた点も魅力的だった。他のタンナーのそれに比べ、パキッとした光沢とやや紫寄りの濃い口の色味、そして薄さの割にしっかりとハリのある表情。フィット感を意識した緩急あるシェイプやビスポーク的要素をふんだんに盛り込んだディテールと、この革質とがぴったり融合している。一時操業停止に追い込まれたイルチア社だが、近年再起を遂げた。イタリアのタンナーらしいこんな「色気のある革」を、まだまだ期待せずにはいられない。
Gaziano & Girling 2006年 色飯野高広
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Church'sの茶・その1(アニリンカーフ)
英語名でBrackenなるオレンジ掛かったミディアムブラウン。本来はシダとか蕨の意味だが、これらの葉で草木染めすると類似の色調になるのでそう呼ばれるのだとか。素朴さと気品を兼ね備え、トーンも濃過ぎず薄過ぎず、合わせる服や他の持ち物を選ばない。因みにこの革は、今は亡きイギリスのタンナー・ピポディ社で鞣されたアニリンカーフ。
Church's イギリス ブラウン飯野高広
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Ginza Yoshinoyaの茶(サドルカーフ)
アッパーはフランス・デュプイ社のサドルカーフ。色はHavanaと呼ばれるもので、語源はもちろん、その名の土地で作られるシガーの葉の色だ。初めはもっと黄色が表に出たライトブラウンだったが、無色の靴クリームでしかお手入れした記憶が無いにもかかわらず、赤味が加わり落ち着いた印象に変化している。これがコンビなめし(クロムなめし+タンニンなめし)と噂されるサドルカーフらしいところで、キラキラと輝く印象ではないものの、どっしりと光りコシを感じる質感は流石、デュプイ社の革だと思う。なおこの紳士靴の底付けは、銀座ヨシノヤが長年大切にしているハンドソーン・ウェルテッド九分仕立て。ヒールの端部の面取りの丁寧さなども含め、価格以上の質感と履き心地はもっと評価されて欲しい!
フランス・デュプイ社 サドルカーフ Ginza Yoshinoya飯野高広
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Church'sの茶・その2(ブックバインダーカーフ)
オールドチャーチ最末期の一足で、アッパーの革も同じ英・ピポディ社のブックバインダーカーフ。ただし色はSandalwood=白檀の木の樹皮のような黄土色で、この革特有のグロッシーな質感もあり足元でのインパクトは最強だ。構造もダブルソールの外羽根式の重戦車状態なので、英国靴でありながら専ら無骨なアメリカントラッド系、しかも色合わせ的に金ボタンのネイビーブレザーとついつい一緒に使ってしまいがち。この靴の隠れた魅力は、鳩目の下にある「舌革」がアッパーと袋状に縫合されている「ガセットタン」の意匠。雨や埃が靴の中に入るのを確実に防ぐのだが、チャーチでは昔も今もこのShannon以外には殆ど採用されていない。
ピポディ社 ブックバインダーカーフ Church's飯野高広
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Edward Greenの茶・その1(アンティークカーフ)
高級紳士靴で1990年代に一気に浸透した「アンティークフィニッシュ」なる発想。特殊な染料やバフ掛けなどで施される革への一種の演出だが、そのきっかけを作ったのがエドワード・グリーンによる一連の茶系の靴だろう。このChestnutカラーのアンティークカーフは、基本的には前出のBrackenより僅かに薄口の、ややオレンジっぽいミディアムブラウン。ただし、古い家具や文字通り栗の実の皮のように色味に濃淡が美しく入り混じった仕上がりは、それまでの新品では有り得ないアプローチだった。初めて見た時「ああヤられた……」と唸りまくったのを今でも思い出す。柔軟なレザーソールやかかと部の小振りな造形も含め、エドワード・グリーンがここ四半世紀の英国紳士靴に果たした役割は絶大だ。
Edward Green ミディアムブラウン飯野高広
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Florsheimの茶(シェル・コードヴァン)
シェル・コードヴァンのアッパーを代表するワイン色を茶系に含めない方もいるだろうが、私個人はその仲間と考えている。この革は今でこそオールデンの靴で語られることが多いけれど、往年のフローシャイムのものも忘るるべからずだ。恐らくアメリカのホーウィン社で鞣されたもので、現行のオールデンのそれに比べ色味こそ若干薄口ながら、肉感は遥かに緻密。だからこの革でしか成し得ない「抜け感と乱反射」が入り混じる光沢も、それより大胆でかつゴージャスに放たれる! この靴は1970年代後半の作と思われ、別の革を挟まずアッパーを薄く漉きクルッと被せる履き口の始末も、当時の優れた革質とフローシャイムの高度「だった」技術の証。
Florsheim 1970年代後半飯野高広
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Avon House by Tricker'sの茶(スタッグスエード)
アッパーはパッと見、ただのスエードに見えるが、実は牛革ではなく雄鹿=Stagのスエードである。肉面を起毛させたものなので、同じ鹿革でも銀面を起毛させた「バックスキン」でもないのが意外と珍しかったりする。なめしたのはイギリスの起毛革専門タンナーとして知られるチャールズ・F・ステッド社。この革特有のスポンジのような弾力が、小さ目のタッセルが付いたリラックスしたデザインと上手く調和している。靴箱にはMedium Brownと書かれてあるので、恐らくこの色調こそ英国人には最もポピュラーな茶色なのだろう。
Avon House by Tricker's飯野高広
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Edward Greenの茶・その2(カントリーカーフ)
気付いたら陰影が大分付いてしまい、すっかり「自分の色」と化してしまったけれど、この靴を初めてお手入れした時に目玉が飛び出そうになった記憶は今でも鮮明だ。Almondと命名された黄味を帯びたミディアムブラウンなのに、クリーナーで汚れを落として現れた「もともと入っていた靴クリームの色」は、まるで口紅のような真っ赤だったから。アンティーク仕上げの元祖たるエドワード・グリーンらしい巧みなテクニック…… このメーカーの言うカントリーカーフは、要は型押しのスコッチグレインレザー。気持ちリジッドな印象とは対照的に抜群にソフトな革質のお陰で、つま先など吊り込みが効くエリアは型押しが薄くなり、通常のお手入れどころか鏡面磨きすら存分に楽しめるのも隠れた魅力だ。
Edward Green飯野高広
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Parabootの茶(リスカーフ)
ヤフオクが始まった頃、今となっては信じられない価格で購入できたこれの靴は、実はもともとの色はブラック! なんか表情に愛嬌を感じず、ならばと失敗覚悟でベンジンやら除光液やらで脱色した後、各種の茶系の靴クリームで色をガンガン加えまくった成れの果てである。色名はSpeclal Dark Oakとでも名付ければ良いのか(笑)? アッパーはフランス・デュプイ社製の通称「リスカーフ」で、オイルドレザーとまでは行かないものの通常のスムースレザーに比べ油分が多く含まれ、厚みもあるのが特徴。同一レシピではパラブーツ向けにしか作られていないらしい。もともとの素性の良さと調教のし甲斐があったのか、光沢がしっかり持続する革に育ってくれ、雨天時や旅行に必ず登板となる頼れる一足だ。
Paraboot飯野高広