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稀少な昭和元年登録船

新潟北鮮直航船とあるように、新潟と朝鮮半島北部を結ぶ航路に投入された嶋谷汽船の鮮海丸(せんかいまる)。
日満連絡では満州の海の玄関は大連が専らでしたが、現在の北朝鮮に上陸し、そこから鉄路で満州に向かうルートも速達性があるということで、上越線の開通(昭和6年)もあって新潟で航路開設の機運が盛り上がり、就航したのがこの船だそうです。

ラベルには「新潟毎月三の日出航」「(対岸の)雄基(ゆうき)、羅津(らしん)、清津(せいしん) 同五の日着」とあって、1カ月に3往復はしていたようですね。

鮮海丸は昭和元年の12月29日に完成し引き渡されたとあります。
大正天皇崩御に伴う昭和元年ですが、大正天皇の崩御は12月25日で、改元で昭和になったのも12月25日なので昭和元年は1週間しかなかったわけだから、12月29日に登録された同船は極めてレアだと言われています。

そんな鮮海丸も太平洋戦争中に徴用され、昭和17年10月7日にラバウル近海で米潜水艦の雷撃により沈没しました。
民間徴用船の戦没第一号といわれています。

鮮海丸を雷撃した米潜水艦はアンバージャック(カンパチ)ですが、同艦は翌昭和18年2月16日に同じくラバウル沖で水雷艇「鵯(ひよどり)」と第18号駆潜艇が爆雷攻撃で撃沈しています。

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