マッカートニー                               ポール・マッカートニー

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「ABBEY ROAD」完成後のポールはスコットランドの農場の改装や自宅の仕事場に録音機材を導入したりの独立準備中で人前に露出する機会が減り、密かにソロアルバムを作っていた。

それを知ったアラン・クラインはアルバム「LET IT BE」の売り上げに対する影響を懸念してポールのソロアルバムを1ヶ月前倒しして4月にリリースするようEMIに手を廻し、これに激怒したポールはビートルズ辞める宣言。

この顛末を現した帯の文言「沈黙を破る話題のソロ・アルバム!!」

粗削りながら聞けば聞く程ポールの旨みが味わえて近年益々お気に入り化。

日本では「LET IT BE」のボックスセットが1970年6月5日にリリースされ、その20日後の6月25日に東芝は「マッカートニー」とリンゴのアルバム「センチメンタル·ジャーニー」を抱き合わせてリリースする。

しかも同じ日にUK仕様のEP盤12タイトルをリリースし、キャピトル仕様のLPも大放出して解散劇のドサクサに乗じて稼げる内に稼いでしまうこの時期の東芝の節操の無さ加減のお陰で後世のコレクター達をも泣かせている。

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