灰重石 (scheelite) 玖珂鉱山 #0672

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スカルン型鉱床中に算出した灰重石です。(1~3枚目は背景をソフトウエア処理しています。)

玖珂(くが)鉱山の発見は1580年(天正8年)頃といわれています。最初は銀鉱が採掘されましたが、1600年(慶長5年)頃には錫鉱が採掘され大阪に出荷されたとのことです。さらに,1850年(嘉永3年)頃からは銅鉱の採鉱と製錬が始まり、その後も1910年(明治43年)頃までは銅山として断続的に稼行されました。1911年(明治44年)に灰重石が発見され、タングステン鉱(灰重石精鉱)の生産が始まり、第一次世界大戦後の需要減退による鉱産物価格下落により1920年(大正9年)に休山するまで操業され、第二次世界大戦後の1953年(昭和28年)に選鉱揚を再建して操業を再開しました。当初は灰重石精鉱だけを採掘していましたが、その後順次回収設備を拡充し、1956年(昭和31年)からは銅精鉱と硫化精鉱、1960年(昭和35年)からは亜鉛精鉱と錫鉱の回収を始め、1953年(昭和28年)から1975年(昭和50年)までの粗鉱生産量は合計410万トンに上り、灰重石精鉱2,800トン、銅精鉱14,000トン、硫化精鉱59,400トン、亜鉛精803トンおよび錫鉱250トンを生産しましたが、1970年代以降のタングステン価格の低迷により経営が悪化し、1987年(昭和62年)に閉山しました。鉱山跡は現在「地底王国 美川ムーバレー」というテーマパークになっています。

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