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46回目の日記

公開日:2020/4/2

 先日、『第三の男 4Kデジタル修復版』のBlu-rayを当ミュージアムに展示・登録したのですが、そこに至る過程でなかなか一筋縄ではいかないことがいくつかありましたので、雑感なども含めてこの場にまとめてレポート風に認めていくことにします。


1.『4Kデジタル修復版』入手以前の『第三の男』の吹替、あるにはあったが…

 何といっても映画史上に残る名画ですから、当然テレビ放映もされており、その際には日本語吹替も制作されただろうということは、この映画を最初にとある図書館の視聴室で観た約40年前にも想像はできたものの、その吹替版をテレビ放映で観ることはありませんでした。因みに、この作品自体を次に観たのはそれから約10年後にNHK-BSで放映された際にビデオ録画したもの、さらに10数年後に入手したDVD(当ミュージアムに展示)を観たりしましたが、いずれも字幕スーパーのものでした。その後、開局直後のBS12トゥエルビの放映予定に「『第三の男』の日本語吹替放送」がラインナップされているのを偶然見つけ、では吹替配役はどうなっているかを調べてみると、知らない声優諸氏の名前の羅列でどう考えても地上波でのテレビ放映時に制作されたものではないのが明らかだったものの、一応録画して観てみました。この吹替版はいわゆる「PDDVD版」という著作権の切れた(パブリックドメイン)映画のDVDに収録されているものとおそらく同一内容のものなので、現在でも視聴可能ではありますが、私自身は1回観てその録画は消しました。


2.『第三の男 4Kデジタル修復版』Blu-rayに昔の吹替が…

 昨年(2019年)末、「淀川長治総監修『世界クラシック名画100撰集』」のフロアの『第三の男』DVDの展示へ、かつて小池朝雄氏がオーソン・ウェルズの吹替を担当した旨を言及するコメントを頂きました。『第三の男』が最初にテレビ放映された際の吹替に江守徹氏や小池朝雄氏が参加していた、ということは、この放映自体を観たという映画鑑賞の先輩にかなり以前に聞かされてはいたのですが、うかつにも失念しており、上記コメントでその記憶が甦りました。そのコメントに対する返事を作成する際にダメもとで小池朝雄氏などの吹替が収録されている『第三の男』の映像ソフトがリリースされたのかどうかを調べたのですが、意外にも出版されているということが分かりました。角川シネマコレクションから2019年8月2日に4Kデジタル修復版のDVDとBlu-rayが発売されたわけですが、この両者には明確な違いがありました。すなわち、前者は特典なしの定価1,650円、後者は特典として8ページのブックレット添付、そして吹替音声が収録されて5,280円ということで、ブックレットの内容などたかが知れていますから、要は収録されている吹替に上記の両者の価格差に見合う価値があるのか、ということになるわけですが、今回は吹替キャストがそれなりにビッグネームということもあり、Blu-rayを購入することにしました。


3.注文したいのだが…

 ということで、このご時世ですから実店舗に出向くのではなく通販サイトで購入すべく、とある通販サイトで『第三の男 4Kデジタル修復版』を検索してみると、その商品説明の欄には

「音声方式:英語リニアPCM2.0chモノラル」

とはあるものの、日本語、若しくは吹替が収録されている旨の記載がありませんでした。これは別の通販サイトで見ても同様で、ヨドバシカメラ、ビックカメラ、楽天、amazon、紀伊國屋、タワーレコードのいずれのサイトの紹介&販売ページにも日本語吹替が収録されている旨の表示はありませんでした。結局、販売元のKADOKAWAに問い合わせをして、吹替が収録されていることを確認してから入手したのですが、通販サイトに表記されている情報なんて存外当てにならないということを実感した経緯でした。


4.吹替版の『第三の男』を観る前に…

 『第三の男 4Kデジタル修復版』Blu-rayのパッケージに記載されている収録された吹替に関する情報は、

1. 日本テレビ「火曜スペシャル」(1971年6月15日放送)の吹替を初収録

2. ジョセフ・コットン(江守徹)

アリダ・ヴァリ(松下砂稚子)

オーソン・ウェルズ(小池朝雄)

トレヴァー・ハワード(西沢利明)

バーナード・リー(和田啓)

3. 吹替音声には、言語音声と内容の異なる部分がある

という点でした。さらに

4. 放映は20:00~21:26、すなわち90分枠

5. 放送の際、スポンサーの1社だった自動車メーカーに配慮し、ハリーの死因は自動車事故から転落死に改変されている

というWikipedia記載情報を補足しておきます。


5.吹替版を観てみたが…

 全編ではなく、とりあえず吹替部だけを観てみたいわけですが、本Blu-rayは「吹替部分のみを再生するスキップ再生可能」なので、その機能を用いて再生して観ました。

 個々の話に入る前に全体的印象ですが、まず吹替の量が少ない、というのがあります。前段に示しましたが、本放送は90分枠の86分、この時間の中にはCMも含まれているわけですから本編の時間はもっと短いわけで、レコーダーに表示されたスキップ再生時間は約72分30秒、映画本編は104分ですから、テレビ放映の際には実に30分以上もカットされてしまったわけで、当然のことながらそれらシーンは吹替がなされなかったわけです。

 次に吹替キャストについてですが、目を引くのはやはり江守徹、小池朝雄両氏でしょうね。まず、江守徹氏ですが、その美声と語り口の歯切れの良さもあり声の仕事は枚挙に暇はなかったのですが、ではいざ吹替は、というとあまり思い当たりません。今回以前に私が観たことがあるのは『風と共に去りぬ』のクラーク・ゲーブルの吹替ぐらいですが、ちょっとしっくりこなかったこともあり、この作品ではどうなのかと注目して観たのですが、そこそこよかったと思います。ジョセフ・コットンはこの作品では最も出番が多く、彼の行動を中心にストーリーが展開されますので主役といってもいいのですが、演じたホリー・マーチンスの人物像は「無粋な国アメリカから来た教養のない売れない西部劇作家」というものであり、江守氏はその深みのない軽い人物像を文字通り軽い口調で的確に吹き替えていたように思われました。そして小池朝雄氏ですが、第一声の観覧車の前でジョセフ・コットンと会話し始めたその声は「刑事コロンボ」のように聞こえましたね、当たり前か。そして、吹替についてですが何とも語りにくいですね。


6.小池氏の吹替については何とも言い辛い

 この作品をご覧になった方ならばおわかりだと思いますが、ハリー・ライムことオーソン・ウェルズがセリフを発するのは、ほぼ観覧車の内外でジョセフ・コットンと会話するシーンのみであり、その時間は10分にも満たないわけです。そしてここが最大の問題点なのですが、そのわずかなオーソン・ウェルズのセリフのシーンの半分くらいが、テレビ放映の際にはカットされてしまったのです。要するに、観覧車に乗ったか、と思ったら、ほどなく降りるシーンになってしまったわけで、

「下を見ろよ。あの点の一つが永遠に動かなくなったら、憐れに思うかい? 一つの点が止まる毎に二万ポンドを君にやると俺が言ったら、君は本当に受取るだろう? 又はどれ位、助けられる点があるか数えるかね? 所得税抜きだぜ、相棒、税抜きなんだ。今じゃ、これだけが唯一の金儲けの方法さ」

という非常に有名かつ重要なセリフもカットされてしまったのです。ただ、さすがに観覧車を降りた際にハリー・ライムが吐いた有名なセリフ

「ボルジア家支配のイタリアでの30年間は戦争、テロ、殺人、流血に満ちていたが、結局はミケランジェロ、ダヴィンチ、ルネサンスを生んだ。スイスの同胞愛、そして500年の平和と民主主義はいったい何をもたらした? 鳩時計さ」

はカットされませんでしたが、これだけではいかに小池氏といえども己の力量を十分に発揮できたわけではないのは明らかで、したがって私個人としてもその良し悪しは語れないばかりか、この理不尽な処置を知ってしまったことにより、かえって欲求不満が高じてしまいましたね。


7.補遺

 飽くまで印象ですが、そうは言っても小池氏の語り口の巧さが垣間見えた吹替であり、この収録から数年後に開始された『刑事コロンボ』での成功も納得できるものでした。また、江守氏の吹替というと、『シベールの日曜日』のハーディー・クリューガーの吹替が有名で今や幻の状態にあるのですが、これに対してますます興味が膨らみました。それにしても、繰り返しますがこのBlu-rayの値段が5,280円、実際に支払った額はこれよりは多少割引されたものの、やはり高額には違いない。その金額に見合うものを自分は得られたのか?自問自答は当分続きそうです。


8.最後に

 今回のレポート(?)は「若山弦蔵氏が『第三の男』のオーソン・ウェルズの吹替をやってみたかったという旨をとあるラジオ番組で発言していた」というコメントを頂いたことに端を発しているのですが、実際に過去の吹替に接してみて、では若山氏が実際に吹き替えたらどうなのだろうか、ということを妄想してみました。以下は、本当に妄想ですので読み飛ばして頂いて構わないです。

 若山氏の語り口にはある種の品があり、それにより野卑なセリフ回しは似つかわしくないという面があります。テレビドラマ『アンタッチャブル』で若山氏はフランク・二ティというギャングの役を吹き替えていましたが、こういう単純な悪党役を演じてもどうも様にならない。では、この映画のハリー・ライムはどうか。確かに悪党ではありますが、アリダ・ヴァリ演ずるアンナ・シュミットの心を最後まで捉えていたという魅力も持ち合わせる複雑な人物像であり、その役どころをあの10分にも満たない出番の中で、若山氏は演じ切れるのか。直観ですが、若いときはともかく、ここまで人生経験を積み、しかも声優としての偉大なるキャリアを積み重ねた今ならばそれも可能ではないか、とも思えます。ただ声そのものはだいぶ老いてしまっていますが…。


#Blu-ray #第三の男 #4K #デジタル修復版 #ジョゼフ・コットン #オーソン・ウェルズ #江守徹 #小池朝雄 #若山弦蔵 #吹替 #入手

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    2020/4/2

    qqtys

    詳細なレポートありがとうございます。
    なんか紹介したことで、返って欲求不満になってしまったようで申し訳ないです(汗
    90分枠とはいえ観覧車のシーンを削るのは、当時のプロデューサーたちも苦渋の決断だったんでしょうね。
    これほどの名作が洋画劇場全盛時代にノーカットで放映されることが無かったというのは、いったいどういう理由があったのか。
    今となっては知りようも無いですね・・・。

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      2020/4/3

      woodstein

       qqtysさん、コメント有難うございます。欲求不満の件は私が勝手に陥っただけですので無視してください。それよりもqqtysさんには今回のようなレポート風の文章を作成する機会を作っていただき、有難く思っています。さて、『第三の男』のテレビ放映が90分枠だった件です。日本テレビではこの1年後の1972年4月5日に本格的な映画番組である「水曜ロードショー」の放映を始めたのですが、その当初の放映時間は21:30~22:56という90分枠でした(因みに2時間枠に拡大されたのはこの2年後の1974年4月3日から)。要するに、この頃の日本テレビの「映画をテレビ放映する際の時間」は90分枠、というのが基本的な考えだったのだと思われます。ですので、『第三の男』のテレビ放映が90分枠というのも、当時の番組編成側にしてみれば至極当然のことだったのでしょう。

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    2020/4/3 - 編集済み

    omaharuge102

    力の入ったダイアリー、流石 woodstein さんだと感服しながら拝見しました。なるほど、カットというのは常に頭が痛い問題ですね、仕方がないですけど。
    長くなりますが一点だけ江守徹氏の他の作品の吹き替えについて個人的な印象を。それはNHKで放送された「恐怖のエアポート」という、正確に言うとTV作品ですが、「エアポート'75」の元ネタとなった作品です。主演はB級映画の主演が多いダグ・マクルーアという俳優で、そのマクルーアの吹き替えが江守さんでした。「エアポート~」ではC・ヘストンが主演でしたが、ここでは映画でカレン・ブラックが演じたCAにあたる役。カッコいいヘストンと比べてパニックになってアワアワしている元ベトナム戦争のヘリのパイロットという役。これが実にハマっていて大好きな吹き替えなんです。テンパった演技が実に上手い!ご存知でしたらだらだらとすいません。ソフト化されてますが吹き替えは未収録なのが残念です。

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      2020/4/3

      woodstein

       omaharuge102さん、コメント有難うございます。確かに、映画をテレビ放映する際のカットについては常に悩ましいですね。ただ、日記の中でも紹介した観覧車のゴンドラから遥か地上を眺めた際のハリー・ライムのセリフだけはカットして欲しくなかったです。それと『恐怖のエアポート』に関してですが、まったくの初耳でした。いろいろ教えて頂き有難うございました。江守氏は名演だったそうですが、作品はともかく吹替にはお目にかかれそうにないですね。Wikipediaでこの作品について調べてみると、ロディ・マクドウォールの吹替を西沢利明氏が担当したとありますが、氏は『第三の男』ではトレヴァー・ハワードの吹替を担当しており、ここでも江守氏と共演した、ということでしたね。

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      2020/4/4 - 編集済み

      omaharuge102

      「恐怖のエアポート」は民放で再放送された時にビデオ録画したものを所有しています。日に焼けてインデックスもシワシワ状態で汚くてお目汚しとは思いますが証拠(w)の画像を。
      もう一本、貴重な久米明版の「サハラ戦車隊」とのカップリングですけど、βのデッキがないので見れません…。

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      2020/4/5

      woodstein

       omaharuge102さん、再びのコメント有難うございます。まずは貴重な画像を有難うございました。ベータマックスのビデオに関してはモノ日記「41回目の日記」で少し触れましたが、私も数多くが押し入れの奥に眠っているのでいつか日の目を見せたいと思っているのですが、時が経つほどその機会が奪われていくので、少し焦ってはいます。『サハラ戦車隊』はハンフリー・ボガード主演ということ以外は知りませんが、久米明氏はボギーの揺るぎのないフィックスであり、この作品に限らず、他の吹替作品の多くが現行の映像ソフトに収録されていないのは残念ですね。

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woodstein

 映画音楽とクラシック音楽をこよなく愛するwoodstein(ウッドスタイン)という者です。それ故、必然的にCD、レコードコレクターであり、他人にその保有数を告げると、殆どの場合、引かれてしまうという困り者です。自分でもコレクションを把握できていないという体たらくでして、この場を通じて、実情を解き明かしていこうと目論んでいます。

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