角川書店 角川文庫 空蟬処女

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昭和五十八年十二月十日 初版発行
発行所 株式会社角川書店

昭和21年(1946年)に雑誌「紺青」に掲載予定も、未発表のまま30年以上も埋もれていた横溝正史の短編小説「空蟬処女」。
終戦直後の中秋の名月の夜、ようやく人間らしい感情を取り戻していた「私」は月下の散歩中に不思議な歌声を聴いた。それは「山のあなたの空遠く 幸い住むと人のいう...」というカール・ブッセの詩を歌う、うら若い娘の声だった。虚ろな瞳のその美しい娘は珠生という名で、聞けば神戸で大空襲に遭い、記憶を失っているのだという。瑞々しい処女のように見えながら、時折発作を起こしては「坊や...、坊や...」と泣く、この娘の素性とは一体...?
終戦直後の岡山を舞台に、戦争によって数奇な運命を辿った美しい娘の姿を描いた、横溝正史の異色作ですね。物語冒頭の、横溝正史自身らしい狂言廻しの「私」が美しい娘・珠生と出会う、耽美で幻想的な情景の描写が素晴らしく、そんな作風からは“文芸作品”の香りが漂ってきますが、空襲で記憶を失った娘の謎めいた素性を解き明かしていくのが物語の主体ともなっていて、そういう意味では“広義のミステリー”ともいえる作品だと思います。本書には表題作の他に「玩具店の殺人」「菊花大会事件」「三行広告事件」「頸飾り綺譚」「劉夫人の腕環」「路傍の人」「帰れるお類」「いたずらな恋」の短編8編が併録されています。大正末期から戦前・戦中・終戦直後に書かれた短編で、これまで漏れていたものを集めた“落ち穂拾い”的な一冊ですが、個人的には“由利先生もの”ながら戦時色が色濃く出ている「三行広告事件」が興味深かったです。角川文庫には昭和58年(1983年)に収録されました。
画像は昭和58年(1983年)に角川書店より刊行された「角川文庫 空蟬処女」です。月の光で銀色に輝いて見えるワンピースを着た美しい娘。まさに中秋の名月の夜に「私」が出会った“空蟬処女”の珠生を描いた表紙画ですね。耽美で幻想的な「空蟬処女」に相応しい画柄だと思います。
裏面に角川映画『里見八犬伝』の公開告知が入った宣伝帯付きです。

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