Ricochet / Tangerine Dream

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Ricochet by Tangerine Dream

1975年に発表された ricochet は個人的にはTangerine Dream の最高傑作というだけではなく、数多いエレクトロニック・ミュージックの中でも大傑作の1つと考えている。中学から高校に入る頃に初めて聴いて以来、現在に至るまで聴き続けており、正に私の人生において最も重要な位置を占めていると言っても過言ではない1枚だ。
一般に彼ら初の“ライヴアルバム”として認識されているが、後年の資料により実際には使用されているライヴ音源は僅かで、殆どがスタジオで作り上げられた作品である事が明らかになっている。
ここではこのアルバムの内容及び関連事項について、 In Search of Hades に付属するWouter Bessel 著の解説本と、 Mark Jenkins 著の”Tangerine Dream : 50 years”などの記事を基にまとめてみた。

Phaedra, Rubycon の成功により1975年はイギリスを含むヨーロッパツアーを敢行。この時にはロンドンのロイヤルアルバートホールのような大きな会場のみならず、フランスのReims Cathedral やイギリスの Coventry Cathedral といったいったキリスト教の大聖堂でもライヴを行い話題となった。このツアーでは Edgar のギターやグランドピアノを用いるなど今まで以上にリズムやメロディを取り入れる内容だったようだ。1974年12月に行われたフランスのReims cathedral でのライヴは内容は好評だったものの、諸般の事情で(詳しくは別の機会で)バチカンから今後聖堂でのライヴは認められなくなってしまった。しかしながら英国教会より Coventry, York, Liverpool における聖堂でのライヴ許可は得られ、中でも Coventry でのライヴはBBC により撮影されテレビ放映もされた程の注目を集めた。これは後にDVD としても発売されたが、何故だか放送もDVD でもサントラにはアルバム Ricochet での音が使用されていた。当日の実際の音源は長い間行方不明になっていたと伝えられていたが、近年30分以上に及ぶ音源が発見され、2019年に発表されたボックスセットに収録されている。

パート1冒頭部、拍手後の重々しいドローン音に続いて響き渡るイントロ部は 1975年10月23日Fairfield Halls, Croydon でのbootlegで聴かれる物と同じだが、何故だかこの音源は使用されず、替わりに同様の演奏をスタジオで再現して録音されたものである。記録によるとここでのライヴ4日後から11月2日までの間、マナースタジオで新たな録音作業を行なっている。

https://youtu.be/NDooA7NgA-Y

そして次いで同じリフを繰り返し演奏するエドガーのギターと共に聴かれるパーカッションはミキシングの際にクリス・フランケによってオーバーダブされた生ドラムの音だ。これは以下リンクの記事に明記されている。
https://musicaficionado.blog/2017/09/05/ricochet-by-tangerine-dream/
このツアーでは一部でピンク・フロイドのドラマーであるニック・メイソンが参加したとの噂があり(公式な発表はされておらず真偽の程は不明)、このパーカッションの音がフロイドの「Time」に酷似している事から、これはニックが叩いているとの噂が以前から日本では実しやかに言われていたが、誤りである事が明確になった。ただ、ニックは次作の stratosfear でミキシングをベルリンのハンザスタジオでエドガーらと共に行なっている事実がある。残念ながらこれはヴァージンレーベルとの契約上の問題があり採用されなかった。
クリスは元々パーカッショニストで、グループ加入前にはフランスのストラスブールで打楽器アンサンブルに参加していたり、Agitation Freeにドラマーとして参加していた経緯があるのでタンジェリンでは主にリズム/シーケンサーを担当していた。加入当時にはドラムセットに座っている映像が残っているが、この頃にはステージでクリスがドラムを叩く事は無く、ギターにパーカッションが絡む様なサウンドは当時のステージでは全く無かった。
人声をサンプリングしたメロトロンに続くそれからの数分間はモーグのシーケンサーが力強いビートを叩き出し、更に再びエドガーのギターとブラス音のメロトロンが冒頭のメロディをリフレインするなど、如何にもライヴらしく作られている。そしてイントロ部と同じモーグの低く重々しいドローン音で終わる。
とにかくこのpart 1 はライヴ音源は一切使用されておらず、最初から最後までスタジオで構成された作品である。

パート2のイントロ部はエドガーのピアノとフルート音のメロトロンが哀しげな旋律を奏でる。ここで聴かれるピアノはマナースタジオのビリヤードルームでエドガーが演奏したグランドピアノ。その際、当時6歳だった息子のジェロームがエドガーに向かってビリヤードのボールを投げつけてきた為に演奏は中断。もしそれが無かったらこのピアノパートはもう少し長い物になっていただろう、と後にエドガーは語っている。因みに、冒頭に聞こえる“拍手”の様な音はこの時に走っていたジェロームの足音だそうだ。その後の約10分間は上記のCroydonでのライヴpart2で実際に演奏された音源を使用している。ここで聴かれる幾重にも構築された煌めくようなシーケンサー・パターンは間違い無く彼らの最高潮の瞬間の記録だろう。このツアーで使用されたシーケンサーは主にクリスのモーグ・モジュラーとカスタムコントロールシステムで、更にピーターのモジュラーシステムとも連動されており、両者の切替はステージ上で随時行えていた。これらの技術はリコシェが発表された1975年当時にはまだ他のアーティストでも一般的には用いられておらず珍しい物だったようだ。エドガーやピーター自身、このパート2は彼らにとってもベストのうちの一つだと述べている。続いて聴かれるエレクトリックパーカッションの音は、Andre Almuro の 1969年の作品 KOSMOS MUSIQUES EXPÉRIMENTALES 収録の「Va et vient 」の音をメロトロンでサンプリングしている。
https://youtu.be/spKm0FBA69M
そしてもう一つ、アルバムの最初と最後に観衆の拍手が入っているが、これは10月23日Croydonでの本当の喝采の音だそうで、これで如何にもライヴアルバムであるかのようなイメージを作り出している。

印象的なジャケット写真は他のアルバム同様にエドガーの妻で写真家であるMonika(アーティストネームとしてMoniqueとクレジットされている)が撮影したもの。フランスでのツアー中にできたフリータイム中に、ボルドーから約60kmの距離にある Dune of Pilat で1975年9月18日か19日に撮影された。これについては1976年制作のドキュメンタリー番組'Signale aus der Schwäbische Strasse' で彼女自身が語っている。それによると、この写真を見たピーターがイメージ的に我々の音楽と一致するのでこれをジャケット写真にするべきだと言ったそうだ。ricochetとは、テニスでボールが行き来する様なリバウンドといった意味になる。夕陽が樹に反射する光景を見た時、このリコシェという言葉がピッタリだと思った、と述べている。

https://youtu.be/XxuRSop4ea0

海辺の砂丘に立つ樹々が逆光となり、そこから洩れる太陽の光が陰と陽の見事なコントラストを描き出しているこの最高に美しい写真は、アルバムのカバーとしてだけではなく全ての写真作品の中でも私の最も好きな物です。
過去の作品やエドガーのソロのジャケには息子ジェロームの写真が小さくコラージュされているが(epsilon in Malaysian paleでは内ジャケ全面がジェロームの写真)、何故かこのアルバムには見られない。
また、この「ricochet」とは、当時のツアー中にメンバーが夢中になっていたテレビゲームの名前でもある。

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