檜扇形藤桜文(竹田宮恒徳王御結婚)

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竹田宮恒徳王は、明治42年(1909)3月4日、竹田宮恒久王の第1男子として御誕生。母は明治天皇の第六皇女子・常宮昌子内親王。陸軍幼年学校、陸軍士官学校予科へと進まれ、昭和5年(1930)7月に陸軍士官学校本科(42期)を御卒業。在学中の昭和4年(1929)3月に御成年。昭和13年(1938)5月には陸軍大学校(50期)を卒業された。最終階級は陸軍中佐。昭和9年(1934)に三条公輝公爵の次女・光子さまと御結婚された。1947年(昭和22年)10月に皇籍離脱。恒徳王はもともとスポーツ、特に騎兵将校でもあったことから馬術を好まれ、複数のスポーツ関連団体の役職を歴任された。

檜扇形藤桜文 ボンボニエール
竹田宮恒徳王御結婚御披露(昭和9年(1934)5月26日)
 9.8×4.3×1.2
銀製、刻印「純銀宮本造」

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