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角鳥籠形(外国賓客の接遇)
ボンボニエールは、特に大規模な御慶事等では、それぞれの饗宴に合わせて、特別に制作される場合が多いが、一方、全く同様のものが別の饗宴で配られたり、同じ饗宴の場合でも出席者ごとに、用意された数種の中から違った種類のものを頂くということも見受けられ、あらかじめ作り置きされた数種のボンボニエールをその饗宴に合わせて取り混ぜて使用する場合もあったようである。 準備の都合からか、外国賓客をもてなすための小規模な晩餐会や午餐会ではこういった場合が多くみられた。 あらかじめ用意され、繰り返し使用されたものは、「冑」、「丸鳥籠」、「角鳥籠」、「伏鶏籠」、「諌鼓」、「御所車」、「駕籠」、「和船」、「小槌」などが考えられ、総じて伝統的な日本風なモチーフのものが多く、意匠的にも凝ったものが多いことから、外国賓客を意識して作られたことが想像できる。 角鳥籠形 ボンボニエール(大正~昭和初期) 径5.5 高7.5 銀製
ボンボニエール 天皇家 不明kogan2020
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文庫形日英国旗付(英国グラスター公の来日)
昭和4年5月、英国グラスター公ヘンリー王子は、国王ジョージ五世の名代として昭和天皇にガーター勲章を贈呈するため来日、このボンボニエールの発給者は内閣総理大臣であり、皇室以外へのボンボニエールの広がりを示すものである。 文庫形日英国旗付 ボンボニエール 英国グラスター公来日に際し田中義一首相主催の夜会(昭和4年(1929)5月7日) 5.9×4.6×2.0 銀製、刻印「宮本謹製」 ★下記のボンボニエールも参照のこと 御所車形 ボンボニエール 和船形 ボンボニエール
ボンボニエール 日本政府 不明kogan2020
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檜扇形藤桜文(竹田宮恒徳王御結婚)
竹田宮恒徳王は、明治42年(1909)3月4日、竹田宮恒久王の第1男子として御誕生。母は明治天皇の第六皇女子・常宮昌子内親王。陸軍幼年学校、陸軍士官学校予科へと進まれ、昭和5年(1930)7月に陸軍士官学校本科(42期)を御卒業。在学中の昭和4年(1929)3月に御成年。昭和13年(1938)5月には陸軍大学校(50期)を卒業された。最終階級は陸軍中佐。昭和9年(1934)に三条公輝公爵の次女・光子さまと御結婚された。1947年(昭和22年)10月に皇籍離脱。恒徳王はもともとスポーツ、特に騎兵将校でもあったことから馬術を好まれ、複数のスポーツ関連団体の役職を歴任された。 檜扇形藤桜文 ボンボニエール 竹田宮恒徳王御結婚御披露(昭和9年(1934)5月26日) 9.8×4.3×1.2 銀製、刻印「純銀宮本造」
ボンボニエール 竹田宮家 不明kogan2020
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丸鳥籠形(外国賓客の接遇)
ボンボニエールは、特に大規模な御慶事等では、それぞれの饗宴に合わせて、特別に制作される場合が多いが、一方、全く同様のものが別の饗宴で配られたり、同じ饗宴の場合でも出席者ごとに、用意された数種の中から違った種類のものを頂くということも見受けられ、あらかじめ作り置きされた数種のボンボニエールをその饗宴に合わせて取り混ぜて使用する場合もあったようである。 準備の都合からか、外国賓客をもてなすための小規模な晩餐会や午餐会ではこういった場合が多くみられた。 あらかじめ用意され、繰り返し使用されたものは、「冑」、「丸鳥籠」、「角鳥籠」、「伏鶏籠」、「諌鼓」、「御所車」、「駕籠」、「和船」、「小槌」などが考えられ、総じて伝統的な日本風なモチーフのものが多く、意匠的にも凝ったものが多いことから、外国賓客を意識して作られたことが想像できる。 丸鳥籠形 ボンボニエール(大正~昭和初期) 径5.5 高7.5 銀製
ボンボニエール 天皇家 不明kogan2020
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鳥籠形(外国賓客の接遇)
鳥籠形 ボンボニエール フランス新任大使ポール・クローデルとの午餐(大正10年(1921)12月7日) 径5.3 高8.3 純銀、
ボンボニエール 天皇家 不明kogan2020
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鼓形若松星文(秩父宮御結婚)
秩父宮雍仁親王は、昭和3年(1928年)9月28日、旧会津藩主 松平容保の孫にあたる松平勢津子さまと御結婚された。 鼓形若松星文 ボンボニエール 秩父宮御結婚につき皇太后(貞明皇后)御主催御内宴(昭和3年(1928年)7月12日) 径4.3 全長5.8 銀製、 ★秩父宮勢津子妃の御著書「銀のボンボニエール」の題材にもなったボンボニエールで、貞明皇后御自身がデザインされたものとされている。 この内宴の出席者は貞明皇后や勢津子妃のご両親を含めごく少数であったことから、現存数が極めて少ないボンボニエールと推測される。
ボンボニエール 天皇家 不明kogan2020
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大太鼓形(昭和大礼)
昭和3年(1928)の昭和天皇即位関係では合計4種のボンボニエールが用意された。 昭和天皇の即位の礼は、昭和3年(1928)11月10日に京都御所で行われ、14日~15日に大嘗祭、16日と17日に大饗の儀が行われた。大饗の儀は、仮設の饗宴場で行われ、第2日目の大饗第二日の儀で「大太鼓形」、夜宴の儀で「灯籠形」、さらに、12月7日、8日、10日、11日の4日間催された東京での宮中饗宴では、「鉾形」のボンボニエールが下賜された。 また、これらとは別に、12月18日、19日の大礼関係者御慰労のための午餐では「舞楽兜形」ボンボニエールが下賜された。 これらのボンボニエールの意匠は、それぞれ大嘗祭で用いられる、調度、楽器、舞楽衣装をモチーフとしている。 なお、大饗第一日の儀では、ボンボニエールは用意されず、花挿が下賜されている。 大太鼓形 ボンボニエール 昭和大礼大饗第二日の儀(昭和3年(1928)11月17日) 4.5×4.4×11.1 銀製、刻印「純銀服部製」 ★大太鼓は太鼓を囲むように巨大な火焔形の装飾があるため、「火焔太鼓」とも呼ばれ、火炎の上方中央からは1本の棹が伸びており、舞台に向かって左側(下手)の大太鼓には太陽を表す装飾が、向かって右側(上手)の大太鼓には月を表す装飾がある。このボンボニエールは二つ巴と鳳凰の図柄から一対のうち右側(上手)の大太鼓を象ったもの。
ボンボニエール 天皇家 不明kogan2020
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和船形(外国賓客の接遇)
ボンボニエールは、特に大規模な御慶事等では、それぞれの饗宴に合わせて、特別に制作される場合が多いが、一方、全く同様のものが別の饗宴で配られたり、同じ饗宴の場合でも出席者ごとに、用意された数種の中から違った種類のものを頂くということも見受けられ、あらかじめ作り置きされた数種のボンボニエールをその饗宴に合わせて取り混ぜて使用する場合もあったようである。 準備の都合からか、外国賓客をもてなすための小規模な晩餐会や午餐会ではこういった場合が多くみられた。 あらかじめ用意され、繰り返し使用されたものは、「冑」、「丸鳥籠」、「角鳥籠」、「伏鶏籠」、「諌鼓」、「御所車」、「駕籠」、「和船」、「小槌」などが考えられ、総じて伝統的な日本風なモチーフのものが多く、意匠的にも凝ったものが多いことから、外国賓客を意識して作られたことが想像できる。 和船形 ボンボニエール(大正~昭和初期) 8.6×3.5×8.2 銀製 ◎使用されたと思われる外国賓客の接遇 英国グロスター公との送別午餐会(昭和4年5月9日)
ボンボニエール 天皇家 不明kogan2020
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灯籠形(昭和大礼)
昭和3年(1928)の昭和天皇即位関係では合計4種のボンボニエールが用意された。 昭和天皇の即位の礼は、昭和3年(1928)11月10日に京都御所で行われ、14日~15日に大嘗祭、16日と17日に大饗の儀が行われた。大饗の儀は、仮設の饗宴場で行われ、第2日目の大饗第二日の儀で「大太鼓形」、夜宴の儀で「灯籠形」、さらに、12月7日、8日、10日、11日の4日間催された東京での宮中饗宴では、「鉾形」のボンボニエールが下賜された。 また、これらとは別に、12月18日、19日の大礼関係者御慰労のための午餐では「舞楽兜形」ボンボニエールが下賜された。 これらのボンボニエールの意匠は、それぞれ大嘗祭で用いられる、調度、楽器、舞楽衣装をモチーフとしている。 なお、大饗第一日の儀では、ボンボニエールは用意されず、花挿が下賜されている。 灯籠形 ボンボニエール 昭和大礼大饗夜宴の儀(昭和3年(1928)11月17日) 5.4×5.4×4.7 銀製、刻印「☆にSの刻印」 ★大嘗宮で使われる「玄木灯籠」を象ったもの。
ボンボニエール 天皇家 不明kogan2020
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鉾形(昭和大礼)
昭和3年(1928)の昭和天皇即位関係では合計4種のボンボニエールが用意された。 昭和天皇の即位の礼は、昭和3年(1928)11月10日に京都御所で行われ、14日~15日に大嘗祭、16日と17日に大饗の儀が行われた。大饗の儀は、仮設の饗宴場で行われ、第2日目の大饗第二日の儀で「大太鼓形」、夜宴の儀で「灯籠形」、さらに、12月7日、8日、10日、11日の4日間催された東京での宮中饗宴では、「鉾形」のボンボニエールが下賜された。 また、これらとは別に、12月18日、19日の大礼関係者御慰労のための午餐では「舞楽兜形」ボンボニエールが下賜された。 これらのボンボニエールの意匠は、それぞれ大嘗祭で用いられる、調度、楽器、舞楽衣装をモチーフとしている。 なお、大饗第一日の儀では、ボンボニエールは用意されず、花挿が下賜されている。 鉾形 ボンボニエール 昭和大礼宮中午餐(昭和3年(1928)12月7日、8日、10日、11日) 3.2×3.2×17.3 銀製、刻印「純銀服部製」 ★即位礼を装飾する旗(旛)をモチーフとしたもの。
ボンボニエール 天皇家 不明kogan2020
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重ね箱形松鶴文(昭和天皇御結婚25年)
大正13年(1924)、久邇宮邦彦王の第一女子・良子女王と結婚された昭和天皇は、昭和24年(1949)に御結婚25年を迎えられた。 重ね箱形松鶴文 ボンボニエール 昭和天皇御結婚25年御祝宴(昭和24年(1949)1月26日) 4.9×4.3×4.2 銀製、刻印「純銀」
ボンボニエール 天皇家 不明kogan2020
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竹形(山階宮藤麿王御成年式)
山階宮藤麿王は、明治38年(1905)2月25日、山階宮菊麿王第三王子として御誕生。大正14年(1925)2月に御成年。他の皇族とは違い軍人の道には進まれず、東京帝国大学国史学科を卒業された。その後、昭和3年(1928)7月20日、臣籍降下が認められ筑波の家名を賜り、華族に列せられ、侯爵を授けられて筑波藤麿となる。昭和3年(1928)10月、毛利喜代子さまと御結婚。戦後は、靖国神社宮司を務められた。 竹形 ボンボニエール 山階宮藤麿王(のち筑波藤麿)御成年式御披露(大正14年(1925)4月8日) 径5.0 高2.1 銀製、刻印「鈴木製」
ボンボニエール 山階宮家 不明kogan2020
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楕円形(厚子内親王御結婚)
厚子内親王は、昭和天皇と香淳皇后の第4皇女子として、昭和6年(1931)3月7日に御誕生。昭和27年10月10日に旧岡山藩主池田家当主 池田隆政と御結婚、皇籍を離れられた。元伊勢神宮祭主。 楕円形 ボンボニエール 順宮厚子内親王・池田隆正御結婚(昭和27年(1952)10月10日) 8.2×4.1×1.2 銀製、刻印「石福謹製 STERLIG SILVER」
ボンボニエール 宮家共通紋、備前蝶紋 不明kogan2020
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舞楽兜形(昭和大礼)
昭和3年(1928)の昭和天皇即位関係では合計4種のボンボニエールが用意された。 昭和天皇の即位の礼は、昭和3年(1928)11月10日に京都御所で行われ、14日~15日に大嘗祭、16日と17日に大饗の儀が行われた。大饗の儀は、仮設の饗宴場で行われ、第2日目の大饗第二日の儀で「大太鼓形」、夜宴の儀で「灯籠形」、さらに、12月7日、8日、10日、11日の4日間催された東京での宮中饗宴では、「鉾形」のボンボニエールが下賜された。 また、これらとは別に、12月18日、19日の大礼関係者御慰労のための午餐では「舞楽兜形」ボンボニエールが下賜された。 これらのボンボニエールの意匠は、それぞれ大嘗祭で用いられる、調度、楽器、舞楽衣装をモチーフとしている。 なお、大饗第一日の儀では、ボンボニエールは用意されず、花挿が下賜されている。 舞楽兜形 ボンボニエール 昭和大礼関係員御慰労宮中午餐(昭和3年(1928)12月18日、19日) 7.4×6.3×5.1 銀製、刻印「宮本」 ★舞楽「太平楽」の衣装のうち兜を象ったもの。
ボンボニエール 天皇家 不明kogan2020
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台付箱形桐文(山階宮茂麿王御成年式)
山階宮茂麿王は、明治41年(1908)4月29日、山階宮菊麿王の第五王子として御誕生。昭和4年(1929)に陸軍士官学校を御卒業(陸士41期)。在学中の昭和3年(1928)4月に御成年。昭和4年(1929)12月24日に臣籍降下が認められ、葛城の家名を賜り、華族に列せられ、伯爵を授けられて葛城茂麿となられた。最終階級は陸軍中佐。 台付箱形桐文 ボンボニエール 山階宮茂麿王(のち葛城茂麿)御成年式御披露(昭和3年(1928)4月28日) 6.7×4.7×4.0 銀製、刻印「昭和三年四月二十八日」「純銀鈴木製」
ボンボニエール 山階宮家 不明kogan2020