特別編『すべてはここから始まった』~ブルータス1989年11月号「靴だけは外国製に限る、という人が多い」
私は元々靴というものに全く無頓着な人間でした。革靴は3足ほどしか持っておらず、あとはスニーカーを履き潰している状態でした。大学に入った年に「清水の舞台から飛び降りるつもりで」リーガルの3万円近くのチャッカブーツを買いました。それまでの靴と違い非常に履き心地が良く、またクリームをちょっと塗るだけで輝きが蘇るのを見て「良い靴ってなんか違うぞ」と思い始めていました。そんな中、卒業試験を受けていた11月にフラッと寄った本屋さんで一冊の雑誌が目に入りました。それが…。
私の靴人生を決定づけた本、ブルータス1989年11月号 「靴だけは外国製に限る」です。私以外にも「これで人生狂わされた…」と思っている方は多いはずで(笑)、今や靴好きの間では伝説的な特集号になっています。
ポールセン・スコーンのクロケット製セミブローグに真っ赤な表紙。強烈な印象を残しました。
ブルータス214号の目次です。
前半の40ページにこの雑誌の見どころが詰まっています。
『靴は外国製に限るという人が多い』というタイトルですが、〈それも英国製がいいという意見が強い〉とサブタイトルにある通り、ほぼ英国靴限定です。やはりこの巻頭写真のインパクトにやられた人は多かったと思います。
ずらりと並んだグリーンの靴を前に「ドヤ顔」のフルスティックさん。どの靴も信じられないほど美しいです。
見た瞬間、反射的に「履きたい」と思いました。そして、1990年にこの雑誌を持って、ロンドンで二足のエドワード・グリーンを買いました。以来私はこの写真を三十年以上追いかけていたようなものです(笑)。
さてブルータスはいよいよ本編の始まりです。
『数多い英国靴の中でも<ポールセン・スコーン>、<エドワード・グリーン>、<フォスター&サン>この3ブランドに絞られる。』
このタイトルで<ポールセン・スコーン>、<エドワード・グリーン>、<フォスター&サン>の三つの名前が強く私の脳裏に刻まれました。天正遣欧少年使節団の四人と同じくらいに。
「一足の靴を、修理しながら20年も30年も履きつづける」これは私には理解し易いことであるが‥‥(笑)。
製靴のための木製ラスト。サイズやラストナンバーの異なる様々なものが並んでいます。
これは80年代初めのエドワードグリーンの工房の様子。上のブルータスの写真はグリーンの工房であることが一目瞭然です。チョークで書かれたアルファベット、数字はグリーンの腰裏に書かれた文字の筆跡と全く同じです。
『名目イートン校の出身者かこぞって履くと言われるポールセン・スコーンの名靴』
ポールセン・スコーン(3つの店の中でここだけが3ページ分)の紹介に入ります。この時代のポールセン・スコーンの既製靴はグリーンあるいはクロケットが製作していますが、このページに掲載されているスエードの三足はすべてクロケット製です。
二階にあるこの店内に90年頃、私も足を踏み入れました。ニュー&リングウッド(ポールセン・スコーン)にはカネーラさん、グラスゴーさんがいらして、ジョージ・クレバリーさんがまだスーパーバイザーとしてご健在でした。
次頁、ポールセン・スコーンの靴が並んでいます。(以下手持ちの同じ靴の画像も添付していきます)
あまりの美しさに心を鷲掴みされたロシアンカーフのパンチドキャップトゥ。シューツリーとあわせて1325ポンド。コバが張って細かいウィールが施され、昔の靴の雰囲気を漂わせています。これはハンドソーンでグリーン製ではないと思います。下の本文中にもありますが、この靴はチャールズ皇太子(現チャールズ三世)も履いていました。
幻の革 ロシアンカーフ | GreenMile Laboratory | MUUSEO My Lab & Publishing
https://muuseo.com/shinshin3/diaries/7
グリーン参る
1988年製 ポールセンスコーン ロシアンカーフ ノルヴィージャン
https://muuseo.com/shinshin3/items/18
グリーン参る
1988年製作の同社のトナカイ革のノルヴィージャンシューズ。
1989年製作 ポールセン・スコーン ビスポークフルブローグ | MUUSEO (ミューゼオ)
https://muuseo.com/shinshin3/items/486
グリーン参る
まさにこの雑誌が発行された1989年製作のビスポークフルブローグ。
2000ポンドのクロコダイルローファー。つま先周囲のパンチングがあるのはピールオリジナルのデザインです。
50年代 ピールネームローファー ブルックス別注
https://muuseo.com/shinshin3/items/32
グリーン参る
この中では左下のフルブローグだけがグリーン製で、他はクロケット製だと思います。
1980年前後 フォスター&サン別注 フルブローグ "789" | MUUSEO (ミューゼオ)
https://muuseo.com/shinshin3/items/153
グリーン参る
下のクロコダイルの靴は「チューダー」の元になった靴ですね。恐らくこれもグリーン製で、価格は975ポンドです。ラストは32と思われます。
1991年製作 2アイレット TUDOR
https://muuseo.com/shinshin3/items/177
グリーン参る
『贅沢な履き心地のソールに自信あり。エドワード・グリーンの紳士靴は通人の足もとでその輝きを倍加させる』
今読むとタイトルが少し芝居掛かっていて微笑ましいです。
「ポルシェのような靴?」 私にはよく意味が分かりませんが、彼にモデリストとして抜群の才能があるのは間違いないと思います。
グリーンがバッキンガム宮殿の衛兵のブーツを作っているのはよく知られたお話です。
スタッグが大変高価な革ということが書かれています。この「自然の樹皮と樫の実」を使って鞣されたソールが「オークバーク」という底革で、エドワード・グリーンの履き心地を決定的なものにしていました。
このスタッグ製のキルトノルヴィージャンは実物を一度も見たことがありません。モカ縫いはドーバーと同じスキンステッチ「ライトアングル」、ラストは32でしょう。価格は250ポンド。
上のノルヴィージャンのカッティングだそうです。
左上の靴は恐らく33ラストのカドガンです。価格は225ポンド。
画像左が33ラストのカドガン。
右下はとても珍しいツイルのチェルシーで、ラストは202のようです。128.55ポンド。
クロコダイル製チェルシー600ポンド。クロコダイルとしては600ポンドは安く、ルイジアナ産ならアリゲーターかもしれません。
1991年頃製作 クロコダイル製 チェルシー
https://muuseo.com/shinshin3/items/209
グリーン参る
こちらは88ラストのクロコダイル製チェルシー。
猪の毛を使ってドーバーなどのスキンステッチを縫うアイリッシュリネンの糸。
ハロッズ店内のエドワード・グリーンのコーナー。私も1991年にグリーンのマルバーンを写真右の店員さんから購入しました。
『時には脚の長さを測ることもある。フォスター&サンの完璧な採寸方法。フィットしていない靴は不健康の素』
フォスターのページ。ここで掲載の靴は全てグリーン製です。
中央の大きく写っている靴が88ラストと思われるチェルシーです。右上はカドガン、いずれも195ポンド。
1988-1989年頃製作 ワイルドスミス別注 チェルシー
https://muuseo.com/shinshin3/items/156
グリーン参る
同じ88ラストのチェルシー。
1988-1989年頃製作 ロイド別注 チェスナッツ カドガン
https://muuseo.com/shinshin3/items/415
グリーン参る
ラスト202のカドガン(上で紹介されているフォスターの靴は33ラストと思われます。)。
フォスターのオリジナルデザイン、ストームウェルトチャッカが紹介されています。215ポンド。
1960年代後半 ストームウェルトブーツ 黒 "979"
https://muuseo.com/shinshin3/items/315
グリーン参る
69ラストのストームウェルトブーツ。
フォスター別注のグリーン製フルブローグ。いずれも195ポンド。チェスナッツと白のコンビの通称は「カイロ」だそうです。
1988-1989年頃製作 マルバーンⅢ ロイド別注
https://muuseo.com/shinshin3/items/54
グリーン参る
同じ仕様の202ラストのコンビフルブローグ。こちらはロイド別注です。
70年代後半製作 ワイルドスミス別注 フルブローグ
https://muuseo.com/shinshin3/items/113
グリーン参る
良いアッパーの条件、「smoothest, youngest, softest」はまさに靴の真髄を伝えています。
奥右がフォスターの名職人テリー・ムーアさん。
ディスプレイ用のガラス棚も大変年期が入っています。
あとからわかったことですが、この三つの靴店の写真で「いいなぁ」と思った靴は実はほとんどがグリーン製でした。ですから、私はやはりエドワードグリーンの靴に惚れ込んだという事だと思います。
『トリッカーズ、ヘンリー・マックスウェル、チャーチの御三家にも注目したい』
勝手に御三家扱いされていますが、三つとも歴史も技術もある素晴らしい靴店です。
トリッカーズ
小さな店内でしたが、調度の雰囲気が素晴らしく魅力的な靴屋さんでした。「コムデギャルソン」ネームのトリッカーズは見たことがありませんが、エイボンハウスなどもここに別注を掛けていました。
1960年代 トリッカーズ クロコダイル製ドライビングシューズ 茶
https://muuseo.com/shinshin3/items/337
グリーン参る
ヘンリー・マックスウェル
ビスポークブーツの名店、マックスウェルです。
1970年代製作 マックスウェル クロコダイル エラスティックスリッポン
https://muuseo.com/shinshin3/items/31
グリーン参る
1960年代後半?製作 マックスウェル別注 エイコン カドガン
https://muuseo.com/shinshin3/items/392
グリーン参る
数は少ないですが、マックスウェルはグリーンにも別注を掛けていました。
チャーチ
チャーチはロンドン市内に数店舗ありますが、どこの店員さんもお客さんへの対応かとても良かったです。1ポンド=240円の時代でした。「1週間に9000足の生産量」は凄いです。旧グリーンの100倍以上。
『ワイルドスミスの伝統色濃い女性靴が、米国のシティヤッピーをくすぐる』
こちらはワイルドスミスの女性靴の紹介です。「アラビアのロレンス」でピーター・オトゥールが履いた靴はすべてここの製品と書かれています。
左5代目ジョンさん、右6代目フィリップさん。
三足全てグリーン製。いずれも220ポンド。
コンビのフルブローグはこちら。
レディース用 エラスティックスリッポン
https://muuseo.com/shinshin3/items/56
グリーン参る
エラスティクススリッポンはこちら。
「フルブローグ三姉妹」と紹介されているこちらチェスナッツ、バーガンディー、ダークオークの三足もグリーン製です。すべて220ポンド。この靴には「ANDOVER」というペットネームが付けられています。ダークオークの靴はとても良い色合いです。レディースのグリーン製オックスフォードは基本的に4アイレットです。
レディース フルブローグ ANDOVER
https://muuseo.com/shinshin3/items/66
グリーン参る
チェスナッツはこちら。
ダークオークはこちら。
『靴の街・ノーザンプトンで英国靴の秘密を知る』
昔のクロケットの工場はとんでもなく大規模なものだったことが分かります。
『英国的ダンディズムは、老舗三昧と見つけたり』
ここでは靴や葉巻の老舗専門店をいくつか紹介しています
ジャーミン・ストリートのトリッカーズ本店の立派な木製の靴棚。
モデルさんの履いているのは、ポールセンスコーン別注のドーバー。225ポンドと書かれています。この雑誌が発売されたのが1989年、翌年1990年にロンドンでドーバーを買いましたが、そのときは250ポンドでしたから多少値上がりしたのでしょう。
『オーダーメイド専門店ジョン・ロブに、クラフツマンシップの真髄を見る。』
四代目エリック・ロブ社長。
ロブの膨大な顧客なラストと、同店で採寸したヒッチコックのフットプリント。
以下本文からですが、バブルの香り漂う文章です(笑)。
皮は数十種の見本の中から選ぶ。主に西独や仏から輸入した超高級のカーフ(牛皮)を使うが、クロコダイルやオストリッチなども用意されており、皮の持ち込みもできる。職人の微妙なテイストの違いを知る顧客の中には特定の職人を指名する人もいる。注文から完成して脱が手もとに届くまで約6か月を要する。最初は必ず店に行き採寸する(米国へは出張採寸に行くが、日本には来ない)、採寸を行う人はフィッターと呼ばれ、観客との窓口と なる。外側の輪郭、JOINT (指の付け根の間 INSTEP (甲から土踏まずにかけての周囲) 、HEEL(踵の後および内外の踵の3点を結ぶ外周) が、短靴の場合の採寸箇所である。 これをもとに木型(ぶな材を用いる)を作り型紙をおこす。一度木型を作ってしまえば、 次回からは手紙や電話で注文できる。人間の足の形は多様で、左右の形がまったく同じ人 は皆無と言ってよいから、左右が対称な木型はほとんど存在しない。木型をもとに して型紙をおこし、皮を裁断し縫い合わせる。ソールは10種類近い皮による重構造で、希望によりその数も増減する。皮は外側にいくほど厚く硬いものを使う。年をとった牛の皮ほど 硬く厚いので、一枚一枚革年齢の牛の皮を重ねることになる。これほどまでに細心の注意を払って作るのにもかかわらず、仮縫いは行わない。途中で履いてもそれは完成品ではないから意味がないというのがその理 由だ。これまでに顧客からの苦情はまったくないという。自信に満ち溢れた真のクラフツ マンシップがここジョン・ロブに存在する。1000ポンドで彼らの傑作を履くこと ができて、若干の優越感と計りしれない愉悦を堪能できる。これを高いとするか、安いとするか。その判断は個々に委ねられるのだが…。
「これまでに顧客からの苦情はまったくないという」というのはウソだと思います。実際にここで靴を作った友人が文句を言ってましたから(笑)。
ロブロンドン ロシアンカーフ バタフライローファー
https://muuseo.com/shinshin3/items/17
グリーン参る
『ロンドンに行ったら、靴を買う』
中盤ではジャーミンストリート界隈の靴屋を紹介しています。
地図はこんな感じ。サイズが小さいので縦にしてみました。ここではグリーンに別注を掛けたお店だけをご紹介します。
説明不要、フォスター&サンです。
84-85年頃 フォスター別注 パンチドキャップトゥ
https://muuseo.com/shinshin3/items/72
グリーン参る
1984-1985年頃製作 BERK別注 スタッグカーフ製ブレ―マー
https://muuseo.com/shinshin3/items/297
グリーン参る
1988-89年頃製作 VINCCI別注 ハーフブローグ
https://muuseo.com/shinshin3/items/86
グリーン参る
80年代後半 ワイルドスミス別注フルブローグ
https://muuseo.com/shinshin3/items/69
グリーン参る
1986-87年頃製作 ポールセンスコーン別注 コンビサドルシューズ
https://muuseo.com/shinshin3/items/401
グリーン参る
70年代 A.JONES別注 クロコダイル プレーントゥ ”439”
https://muuseo.com/shinshin3/items/76
グリーン参る
『技術指南、「靴磨きひと筋34年」』
二人の靴磨き名人、ホテルオークラの松本さん、ホテルキャピタル東急の井上さんの靴磨き談義。
ホテルオークラの松本さんの靴磨き術です。ご参考になれば幸いです。
『靴自慢』~ 靴好き数人の靴拝見コーナーです。
野又 稔氏(アーチスト) イタリア靴好き
五味 彬氏(フォトグラファー) フランス靴好き
1970年代製作 ハントシューズ ~カントリー靴の傑作
https://muuseo.com/shinshin3/items/381
グリーン参る
林 勝太郎氏(服飾評論家) 英国靴好き
1986-1987年頃製作 エイボンハウス別注 スタッグ製ウェストミンスターⅠ
https://muuseo.com/shinshin3/items/489
グリーン参る
雑誌内の浅野温子さんのワインの広告。いい時代でした。80年代の香りがプンプンしますが、今読み返しても美しい靴が満載の素晴らしく魅惑的な雑誌でした。おかげさまで深い沼に沈み今に至っています(笑)。