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角川書店 角川文庫 毒の矢
昭和五十一年九月十日 初版発行
発行所 株式会社角川書店
昭和31年(1956年)に雑誌「オール読物」に掲載された短編を、同年に長編化した横溝正史の長編小説「毒の矢」。
東京の高級住宅街・緑ヶ丘の住民たちを悩ませている、「黄金の矢」と名乗る人物による悪意に満ちた密告状。住民のピアニスト夫妻から相談を受けた金田一耕助が調査に乗り出すが、一週間ほどのち、密告状のターゲットにされていたアメリカ帰りの富裕な未亡人が殺害された。直接の死因は麻酔で眠らされたあとでの扼殺であったが、奇怪なことに、被害者の背中に彫られたトランプ散らしの刺青のハートのクイーンの部分にからす羽根の矢が深々と突き刺さっていた...
のちに金田一耕助が探偵事務所を構えることになる、緑ヶ丘の町を舞台にした作品ですね。住民たちの秘密を暴露する怪文書が横行しているコミュニティというシチュエーションが「白と黒」を、トランプのカードと矢という小道具が「死神の矢」を思い出させますが、書かれたのは本作のほうが先になります。しかも本作には、昭和24年(1949年)に雑誌連載されるも中断、未完となった“由利先生もの”の「神の矢」という原型作品があり、更にそれが昭和29年(1954年)に“人形佐七もの”の「当り矢」を経て、本作になったという経緯があります。この辺りの改稿の流れは、横溝ファンにとって非常に興味深いところですね。本書には表題作の他に「黒い翼」が併録されています。こちらも緑ヶ丘の町を舞台にした作品で、悪意ある郵便物というモチーフも共通します(但し、こちらは密告状ではなく、“不幸の手紙”)。こういう姿が見えない悪意というのはまさにSNS全盛の現代にも通じるところでありますが、そんなところが横溝作品が今もって人々を惹きつけて止まない理由の一つなのではないでしょうか。角川文庫には昭和51年(1976年)に収録されました。
画像は昭和51年(1976年)に角川書店より刊行された「角川文庫 毒の矢」です。ハートのクイーンのカードに描かれた、何とも淫靡な雰囲気の2人の女。片方の女の口から這い出た蜥蜴が、もう片方の女の顔の上にいる蛾の翅を喰いちぎっているのが極めて暗示的ですが、これも物語を読めば「なるほど!」と膝を打つこと請け合いです。
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