SFマガジン(1986)考

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早川SF文庫とサンリオ文庫で小遣いを使い果たしていた中学生の頃、本屋で毎月羨ましく眺めることしかできなかったシドミードの表紙は憧れだった。描き下ろしこそないが、日本にちなんだプロジェクトもあり、OH!MZ(パソコン誌)も1年間シドミードを表紙に飾っていた。表紙アートのクレジットにはシドミードの2つ目の会社、出版機能を司る©︎Oblagon Inc.のコピーライツ表記が「表紙イラストレーション: シド・ミード」と共にある。当時版権を持っていたのはツルモトルームで、主催のシドミード初の個展は83年の原宿と梅田の2つという繋がりもあり、実質日本でのエージェンシーであった。83年当時、ツルモトルームは日本版スターログというSF専門誌も出版しており、SFに特化した展覧会のプロデュースを行なっていた。

1983 (3/26〜4/17)
未来を透視する天才シド・ミードの世界"
「21世紀のカー・デザイン展」
@原宿ラフォーレミュージアム

1983 (僅か4日間!8/20〜8/24)
"SFアートの巨匠=シド・ミードの世界"
「未来カーデザイン展」
@阪急梅田 

タイトルが異なる事情はローカルを意識したためなのかは不明だが、これを機に一気に日本でシドミード熱が広まり、スターログ誌での特集も相まってこぞって日本企業が群がり始め、最初期の81年発注のホンダカレンダー1982を皮切りに同時に5〜8ものプロジェクトが同時進行するペースがミードガンダムまで続くきっかけとなった。
ツルモトルームには、のちにシドミードの日本でのプロジェクトを数多く遺してくれた敏腕マネージャーであった市川実英子さんが在籍し、彼女は日本での初の画集「OBLAGON」(1985)のプロデューサーでもあった。

表紙に話を戻そう。70年代に描かれた別プロジェクトに、原宿ラフォーレでのキーアート、ナショジオ・グラフィック特集記事、東京で最初で最後になった国際スポーツフェア、映画「2010年」「ブレードランナー」など、50年の画業人生で50作を自薦した北米版の回顧展「PROGRESSIONS」(2012)に入った5点。過去の個展で来日暦のある9点。ドイツを経由して現在はスイスで開催中の「FUTURE CITIES」(未来都市展)の1点を含んでいる。
英語に縦書きのカタカナ、漢字が踊るまさにブレードランナー的ダウンタウン状態の画面レイアウトが今となっては先見性にデジャヴも混ざる未来異国情緒、彼が映画で名付けた「レトロデコ」。
シドミード展での個人コレクションコーナーのタイトルのソースになったと思う。
コーナータイトルは「memories of the future」(未来の思い出)としたが、言わんとするところは彼の自伝「 a future rememberd 」(未来の記憶)や、作品のタイトル「yesterday's tomorrow」(昨日の明日=今日)と同じである。

もちろん、SFマガジン(1986)の12冊も併せて秘密基地に持ち込もうとしている。きっと懐かしいと感じ、リアルタイムであの未来感に憧れた世代も来られることを期待しながら。
いや、「昨日を待ちながら」。

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