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- PACIFIC ILMOR PR01 #33 PAUL BELMONDO 1994
PACIFIC ILMOR PR01 #33 PAUL BELMONDO 1994
パシフィック・レーシングは、かつて存在したイギリスのレーシングチームで、1994年から1995年にかけてF1世界選手権に参戦しました。オーナーはキース・ウィギンス氏。
このモデルの1994年、「パシフィック・グランプリ」としてF1に初参戦しました。レースドライバーはベルトラン・ガショー選手とポール・ベルモンド選手、テストドライバーにオリバー・ギャビン選手で戦いました。
シャシーは1991年にレイナードがF1参戦を狙った際にロリー・バーン氏とパット・シモンズ氏が設計したものを譲り受け、ポール・ブラウン氏がPR01へと改良、これにイルモアのザウバーが昨年の前半に使用していた型落ちのV10エンジンを搭載しました。当時のイルモアはメルセデスの出資を受け、ザウバーとワークス契約を結んでいたため、パシフィックにはほぼ技術的サポートは、なされませんでした。
PR01は、当時はまだ珍しいほうの部類だったベネトン型の、フロントウイングを吊り下げるノーズを持つ特徴的なマシンではありましたが、3年前の設計のシャシーとイルモアの型落ちエンジンのマシンは競争力に欠け、2台そろって決勝に出場したのはカール・ヴェンドリンガー選手のクラッシュでザウバーが欠場したモナコGPとシムテックのアンドレア・モンテルミーニ選手がクラッシュしたスペインGPのみでした。ベルモンドが予選を通過したのはこの2回だけで、ガショーも決勝進出は5回だけでした。第7戦フランスGP以降は、資金難でマシン開発が停止した影響で2台とも予選通過できず、結局完走は無しに終わりました。
1994年はアイルトン・セナ選手やローランド・ラッツェンバーガー選手らの重大死亡事故が相次いだため、シーズン中にも次々とレギュレーション変更が実行され、元々準備不足であるチームはさらに苦しめられました。(参照ウィキペディア)
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sennakazu
2024/03/25PR01 ベルトラン・ガショー選手
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Ketatsuanoeu
2024/03/26 - 編集済みラッツェンバーガーの事故も酷かったですね。センシティブになってる所にセナが…。シーズン開幕まもなくから嫌な1994でした。このカラーリング見るたびに一連のことが浮かんできます。
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sennakazu
2024/03/26コメントをいただき、
ありがとうございます♪
そうですね…本当に嫌な年でした。
スタッフや観客も巻き込んでのアクシデントもあり、呪われてるよ!って解説の川井ちゃんも言ってましたね。
サンマリノGPの録画を何度観ても、哀しみは尽きません…。
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