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MERCESES W06 HYBRID 2015
2015年のF1チャンピオンマシン。F1史上最強ドライバーの候補として確固たる地位を確保したルイス・ハミルトンですが、マクラーレン時代はあまり日本GPと相性が良いドライバーではありませんでした。(富士初開催で優勝した07年と、表彰台1回のみ)。 がしかし、メルセデス移籍後は他グランプリ同様に勝利を重ね、2020年時点で7戦4勝という驚異的な成績を残しています。素人の自分が知る限り彼のドライビングスタイルと鈴鹿サーキットの相性はもとより悪くないように思えるので、単に車が勝てる車になったというだけなのかもしれませんが、、、PU耳朶に移行しメルセデスのエンジン/ハイブリッドシステムにまだ明らかなアドバンテージがあった時期のマシンですが、この後そのアドバンテージが失われていくのに逆行するように、ハミルトンのドライビングはその完成度を高めていったように感じます。
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VOLKSWAGEN POLO R WRC 2014
2014年のF1チャンピオンマシン。00年代のWRCを完全に制圧したセバスチャン・ローブから王座を受け継いだのは、同じフランス出身のセバスチャン・オジェでした。 一年間のWRC浪人をも受け入れVWへの移籍を果たしたオジェでしたが、その忍苦はこのポロR WRCの高い競争力で報われることとなります。1.6L直列4気筒エンジンは300馬力+を発生、十分な開発期間をとってシトロエンとフォードの中間的な性格に仕上げられたと言われる車体はオジェの期待に十分応え、見事デビューイヤーでのチャンピオン獲得を成し遂げました。 13年以降16年末のVW撤退も乗り越えWRC6連覇を果たしたオジェですが、13年からローブが参戦規模を縮小したことで皆が期待していたセバスチャン全面対決は結局見られずじまい。ターマックのスピードが一段と際立つローブのDS3に対しグラベルで圧倒的な速さを見せるオジェのポロ、素晴らしい見ものになったはずなのに、、、と思わずにいられません。
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MCRALEN MERCEDES MP4/15 2000
2000年のF1参戦車。98年、99年と連覇を果たした美香。ハッキネンがファンジオ以来の3連覇に挑んだ00年シーズンでしたが、3度立ちはだかったのは当然永遠のライバルであるシューマッハでした。 シーズンは序盤からシューマッハがリード、ハッキネンが中盤以降逆転する展開となったものの最後には過去2年と同じく速くも脆いMP4の性格が災いしタイトルを失うことになりました。 この2000年シーズンはしかし、結果など問題ではないほど見どころの多い一年でした。セナの41勝によりによってサンマリノGPで並んだシューマッハの号泣記者会見、未来永劫語り継がれるに違いないベルギーGPのスーパーオーバーテイク、そして決戦の地となった鈴鹿。 この鈴鹿でシューマッハとハッキネンは完全に他のドライバーとは別の次元にいることを示しました。予選では2人だけで4度トップタイムを更新し合い最終的な差は0.009秒、3位クルサードと4位バリチェロは遅れること0.4秒、、、 普通ならチャンピオンになった前2年のマシンを買っているところですが、シューマッハのF1-2000が既にあり。上記の通り素晴らしいシーズンを演出してくれたことに敬意を表し、敢えて選んだ一台です。
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FORD GT40 1969
1969年のセブリング12h優勝車。66、67年とGT Mk.IIとMk.IVでル・マン連覇を果たしたフォードでしたが、翌68年からACO(フランス西部自動車クラブ。ル・マンの主催団体)はレギュレーションを変更、排気量5リッター以下&50台以上の生産がされたマシンのみを参戦可能とし、連覇を無しとげたフォードGTを閉め出します。これを受け7リッターのGTで参戦していたフォードワークスはル・マンから撤退、フォードのル・マン及び世界選手権挑戦はGT40を使用するプライベーターによって継続されることになりました。 Mk.IIで少し触れましたが、狭義では「GT40」とはフォードが「GT」をベースに50台以上を量産し(当時の)グループ4ホモロゲーションを得た5リッターマシンを指します。67年まではワークスマシンのバックアップも兼ねプライベーターに託されていましたが、上記のレギュレーション変更で一躍主役に躍り出ることになったのです。 有名なガルフカラーに彩られたマシンは英国のプライベーター、JWオートモーティブが参戦させていたもので同チームは68、69年とル・マン連覇を達成、ワークス撤退後もフォードの連勝記録を4にまで延ばしました。 基本設計からだいぶ時間が立った69年などはその競争力もだいぶ陰りが見えていたようですが、優秀なドライバーと経験豊富なチーム力でカバーし、同一シャシーでのル・マン連覇という大活躍を見せたのです。
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TOYOTA YARIS WRC 2017
2017年のWRC参戦車。トヨペットクラウン、セリカ、スープラ、カローラ等々歴史を振り返ると多彩な顔ぶれが並ぶトヨタのラリーカーですが、20年近い空白を経ての復帰に際し彼らが選んだのはヤリス(日本名Vitz)でした。これのどこがヤリスなんだ、と思ってもそれを指摘するのは野暮というもの、自分はマシンを速くした2017年のレギュレーション変更は好意的にとらえています。 カローラまでとは異なりこのヤリスWRCの車体開発、製造はフィンランドで行われていましたが、この実戦部隊を率いたのはあのトミ・マキネン。そしてル・マン、F1と異なり復帰初年度からいきなりついてくる結果。マキネンにせよトヨタにせよ、歴史的、経験的に「勝ち方を知っている」というのは何とも大きい財産なのだろう、と感じずにはいられません。
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FORD GT 2018
2016年のル・マン24時間3位入賞車。ル・マン初制覇から50年の節目となった2016年、偉業の際現に燃えるフォードは当時と同じ「GT」の名を持つマシンを送り込みます。 50年前の半分となる排気量3.5リッターのV6ターボを搭載したスーパースポーツを託されたのは名門チップ・ガナッシ、ワークスマシン4台投入というこれまた50年前をほうふつとさせる物量作戦の展開でした。(2台がIMSAを中心に戦うチームUS名義、残る2台がWEC参戦を担うチームUK名義) このGT、無関係な自分は「かっこいい!欲しい!(けど無理!)」と感心するだけでしたが、その過激な成り立ちはライバルからの批判も呼びます。流れるような車体形状に低い車高、コンパクトで理想的な位置にあるエンジン、いかにもスムーズに空気が抜けそうな「バットレス」、、、未だに「市販車改造クラス」の色が強いLM-GTEですが、各社それぞれの事情でやりたくてもできないことがある中、フォードのような大企業が少量生産車両を持ち込むのはいかがなものか、と。 50周年での必勝を期し、狙い通りに勝ったフォード。ライバルは心中穏やかではなかったでしょうが、フェラーリ、ポルシェ、コルベット、アストンマーティンと揃いに揃った役者たちがしのぎを削る様は、一ファンにとっては最高に見ごたえがあるものでした。
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マクラーレン・メルセデス MP4-23 2008
2008年のF1チャンピオンマシン。07年、F1史上誰も達成したことのないルーキーチャンピオンに限りなく近づいたハミルトンでしたが一歩及ばず、初戴冠への期待が持ち越された翌08年、ライバルとなったのは前年王者のライコネンではなく意外にも(失礼)覚醒したマッサでした。 シーズン最終戦のブラジルGP、待っていたのはF1史上最も劇的な幕切れでした。雨がらみのレースはマッサが同年最多勝となる6度目のトップチェッカー。ハミルトンがチャンピオンになるには前を行くベッテルを抜いての5位が必要ですがペースに差はなく万事休す。ハミルトンのフィニッシュを前に喚起に沸くフェラーリピット(特にマッサ父)でしたが、このラテンぶりがこの後のドラマを更に盛り立てる(?)ことに、、、 コースに目を転ずると異様に遅いペースで走行する4位のトヨタ、グロック。微妙な雨量にドライタイヤで賭けに出たもののファイナルラップに強まった雨脚で賭けは失敗、10秒以上あったベッテル&ハミルトンとの差もこの1周の間にどんどん縮んでいったのです。ベッテルは最後まで抜けなかったハミルトンでしたが最終コーナーでグロックを交わし5位でフィニッシュ、当時最年少記録となるチャンピオンを獲得したのでした。 09年からのレギュレーション変更を前にした空力デバイス満載&溝付きタイヤの最終世代ですが、このあたりの時期がF1原体験の自分には魅力的な形状です。しかしこのあと10年以上マクラーレンからチャンピオンが出ないとは、この時は想像もできませんでした、、、諸行無常。
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FERRARI 248F1 2006
2006年のF1参戦車。前年、新たに施行されたタイヤ交換の禁止とルノーの台頭により5連覇したタイトルを失ったフェラーリでしたが、V8エンジン初年度の06年、捲土重来を期しこの248F1を投入します。 シーズンはルノーのアロンソのリードで始まりましたが後半にかけシューマッハが追い上げ、同年限りでの引退を発表した後も一進一退の攻防が続き、シーズン残り2戦の時点で遂に両者は同点で並びます。 そして迎えた日本GP、シューマッハは後に2017年(!)まで残る1分28秒954という驚異的なコースレコードを予選で記録、決勝でもアロンソを従え首位を走りましたが、最終スティントに向けたアウトラップにまさかのエンジンブロー、、、事実上ここで06年のタイトルを失うこととなりました。 この年も自分は現地観戦をしていましたがまだ若かったせいか1分28秒954という数字もエンジンブローの瞬間もはっきり覚えています。日本でも人気のあったシューマッハですが、エンジンブローの直後、近くに座っていたお兄さんが大きなフェラーリフラッグを肩にかけ、がっくりとうなだれていたのが忘れられません。 本ミニカーはシューマッハが引退を発表したイタリアGP仕様なですが、彼は同GPの優勝した会見の場で引退を発表したわけです。やはり絵になる男、といったところですが、優勝してなかったら一体どこで発表するつもりだったのか興味が尽きません。
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McLAREN HONDA MP4/5
1989年のF1チャンピオンマシン。強すぎたホンダへの当てつけともいわれたレギュレーション変更を経て迎えた 89年、それでも強かったマクラーレン・ホンダでした。 ホンダは当時の供給チームだったウィリアムズ、ロータスとの議論を通じ89年のエンジンをV10とすることを決定、 傑作MP4/4の発展型シャシーとの組み合わせでタイトルを勝ち取ります。もはや伝説と化した89年のセナ・プロ対決ですが、 対立の象徴となった「鈴鹿のシケイン」の主役もこのマシンでした。 後年から見るとこのマシンに積まれたエンジンがV10だったという事実は大変興味深く見えます。 このRA109が改良を受け続けながら「無限ホンダ」時代まで使用されたことからも分かる通り、結果的には この時代の正解はV10。その「正解」だったV10でしかも2連覇という最高の結果を残したにもかかわらず、 そののちにホンダは91年からV12を投入したわけです。 開発中のエンジンを見て「やっぱりV12はいいな」といったという本田宗一郎氏。理屈を超えた「伝統のV12」への 情熱を燃やしたメーカーはフェラーリだけではなかったということでしょうか。
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McLAREN HONDA MP4/4 1988
1988年のF1チャンピオンマシン。それ以前からすでに名声を得ていたアイルトン・セナでしたが、88年のマクラーレン移籍により その才能はF1史に永遠に残る輝きを放つことになりました。チームメイトは当代最強ドライバーのアラン・プロスト、当時F1最多勝記録を 更新し続けていたチャンピオンと期待の新星の組み合わせは16戦15勝というF1史上最高の成績を残します。 彼らの快進撃を支えたMP4/4ですが、設計者はマクラーレン「F1」の生みの親としても知られるゴードン・マレー。彼がブラバム時代から 採用していた低重心コンセプトのシャシーと低燃費・高出力ホンダV6の組み合わせは、高い信頼性と相まって抜群の競争力を発揮しました。 この後一時代を築くことになるマクラーレン・ホンダの始まりですが、後世の書物を読む限り自分にはこの頃がこのシャシーの限界だったように思えてなりません。 ホンダエンジンの優位を忘れて徹底した車体開発がされていたら、92年以降のウィリアムズはもっと苦労していたと思うのですが、、、
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PORSCHE 911RSR 2018
2018年のル・マン24時間優勝車。伝統のRRであることを金科玉条とする911ですが、17年型RSRではその伝統の駆動方式を捨て MR化するという大変更が施されました。マーケティング上も重要な決断ということで内部では相当な議論があったようですが、 レギュレーション変更に伴いディフューザーの配置に自由度が欲しいこと、RRでの重量配分の苦しさなどが決め手になったそうです。 (大雨など特殊な状況下ではRRにもアドバンテージがあったようですが) 新たにリアミッドに搭載されたエンジンは前年までと同じ4LNAの水平対向6気筒ですが、それ以外はエンジン位置の変更に伴い 大小ほぼすべての設計が見直され、史上初の「ミッドシップ911」が誕生することになりました。 この個性的なペイントは過去の車両へのオマージュで、71年の917にちなんだものです。71年の917には917/20と呼ばれるぼってりした車体の仕様が あり、まるで太った豚のようだということでピンク色に塗られ車体各部には豚肉の種類が書かれるというユーモア溢れる"Pink Pig"ペイントが施されました。 917/20もその見た目に似合わず軽快な操縦性がドライバーからは好評だったということですが、45年の時を経て復活した"Pink Pig"号は18年ル・マンで快走、 見事に優勝を勝ち取ったのです。
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TOYOTA TS050 HYBRID 2016
2016年のル・マン参戦車。2012年からNAエンジンにブレーキ回生を組み合わせたハイブリッドシステムでWECに挑んできたトヨタでしたが、 15年の惨敗から当初予定から1年前出しとなる16年からの新マシンの投入を決定、ターボ化された2.4LV6エンジンにリチウムイオンバッテリー +前後輪モータージェネレーターを組み合わせたマシンはTS050と名付けられました。 2018年にトヨタ悲願のル・マン初優勝を果たした名車として永く記憶されるであろうTS050ですが、素直さが足りない自分は当然のように まず16年型を購入しました。18~20年の優勝の価値は疑うべくもなく、2000年代のアウディがそうであったように一人横綱としてシリーズを支え、 勝ち続けるのもまた尊敬に値することだと思っていますがしかし、2016年のル・マンはいろんな意味で唯一無二な気がしてなりません。 両社合わせル・マン31勝(当時)のポルシェとアウディを相手に23時間55分経過時に首位にいたトヨタ。そして最後の5分で敗者となったトヨタ。 当時はあまりの衝撃に寝付けない夜を過ごしましたが、振り返ると16年型TS050はもう二度と現れないであろう「究極のグッドルーザー」として、 勝者に勝るとも劣らない輝きを放っている気がするのです。
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CHEVROLET Corvette C7.R 2016
2016年のウェザーテックスポーツカー選手権のチャンピオンマシン。 GTクラスにル・マンのLM-GTEクラスのレギュレーションを採用している同選手権ですが、 GMは1990年代終盤からコルベットでのル・マンの同クラス参戦を開始し、ポルシェ、フェラーリといった ヨーロッパの大御所を相手に素晴らしい成績を残してきています。 この第7世代のC7.Rも例外ではなく、ル・マンでの優勝をはじめ多くの勝利を収めましたが、 このモデルの16年ライムロックパークでコルベットは同クラス(とその前身となったクラス)での 100勝目を飾りました。 しかしもうこのカッコよさがあれば何もいらない、と思えるほどコルベットにほれ込んでいる自分。 老若男女問わず分かりやすくかっこいい。ここまでくればこれも性能だと思っています。 実は次の愛車に狙っている中古のC7コルベット。あと数年して中古車が500万くらいになってくれれば、、、
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FERRARI F2004 2004
2004年F1チャンピオンマシン。シューマッハのキャリア最後にして実に7回目のタイトル獲得を実現したマシンです。 ピーキーな特性と信頼性の不安に悩まされた前年型をブラッシュアップすることで誕生したマシンでしたが、 18戦15勝を達成するF1史上でも指折りのスーパーマシンとなりました。 熟成のエンジンとロリー・バーン率いるデザインチームの手による優れた車体、ブリジストンとの強固なパートナーシップに モンテゼモロ/トッド/ブラウンらの強力マネジメント、そして当代随一のドライバー。 その後2020年までのF1を見るにフェラーリの強さのこの年を境に下がり続けてきた気がしてなりません。 とはいえフェラーリF1の長い長い歴史を見ると、常に強豪だが常勝ではないのもまた事実。 むしろ強すぎた2000年代前半がフェラーリにとっては「異常事態」だったということでしょうか。 自分が初めて観戦したF1で勝利したマシンということで、1/18を購入しました。 こちらはチャンピオン決定戦となったベルギーGP仕様、故にレインタイヤ、片側チムニーになっています。
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AUDI R15 TDI 2009
2009年のル・マン24h参戦車。アウディがその長い参戦歴の中で落とした数少ない1戦がこの年のル・マンでした。5.5リッターV10ディーゼルターボの圧倒的な高出力を活かしたパワフルなマシンでしたが、この年は唯一にして最大のライバルであったプジョーの後塵を拝することになりました。なるほどR8は後のR18に比べるとどことなく洗練されていないような、、、
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